facebook_UP2018.08.20
伽数奇のFairy tale 002_19
ノモンハン空戦からの発想
第19話 飛行機の重心位置と縦の安定性と操縦性
敵前に不時着した飛行第24戦隊長松村黄次郎中佐機を追って、僚機の西原五郎曹長は愛機を巧みに操つり、中佐機の前方20mに停止させた。
97式戦闘機の脱出ハッチは、右フラップが胴体に入り込んでいる場所の直ぐ後ろであり、胴体の右側に偏した位置だ。
そしてそれは座席背もたれの後下方であり、パイロットが機内から脱出ハッチにアクセスするには、座席の背もたれを後部に跳ね上げる必要があり、面倒そうだ。さらにその座席を復旧するには、また時間がかかる。
これでは機内から開けるというオプションは想定できい。
外部のカバーが壊れて外れており、機外に飛び出た西原曹長は直に脱出ハッチの操作レバーを握ることができたのだった。小さな奇蹟の積み重ねが、お二人の命を守っている。
「丸メカニック九七式戦闘機 25」のイラストです
97戦はこのハッチから2名までを収容できるとしている。
今回はそのことを考えてみたい。
重心位置は飛行機の縦(ピッチ方向の動き)の安定性と操縦性に影響を与えることは、既にふれたとおもう。
主翼も胴体もそれ単体では、例えば機首が上向きに上がりだしたら、止まることなくクルクルと連続して上に向こうとする。それを抑えているのが唯一水平尾翼だ。
水平尾翼は縦安定のヤジロベエなのである。これを水平安定板と呼ぶこともあるのはその意味だ。
このヤジロベエとしての効果は、その面積と重心からの距離によって変わってくる。
つまりその尾翼面積と距離の積の関数が一定値以上でないと満足な縦安定は得られない。この積の関数をテールボリュームと云う。当時のソ連機I-16などがずんぐりしているのは、アームが短いので面積で稼ぐよりないからだ。
I-16(wikipediaから)
重心位置は翼弦長(翼の前後の長さ)の、前縁から翼弦長の〇〇%位置にあると表現すると、わかりやすい。
ただ普通、翼の平面形は先細になっているから、これを平均化して考える必要がある。
このため下図に示したように、空力平均弦MACと云うものを考える。
そこで、このころの飛行機は縦安定を大事にするなら20%MACほどの所に重心CGがあるのが望ましく、戦闘機のように激しい機動を目指すなら30%MACほどだ。
重心位置の変動が縦の安定性と操縦性にどのように影響を与えるかを考えるとき、正確には縦運動のモーメントと揚力の変化を追って安定性を先ず論じなければならないが、それは少々やっかいなので、ここでは縦の操舵力と飛行速度の関係、即ち縦の静安定の範疇の、操縦性についてのみ説明したい。
グラフの横軸は飛行速度で、縦軸は操縦桿を前後に押し引きする重さだ。
操舵力ゼロの速度がトリム速度、即ち手放しで飛べるセットされた速度と云うことだ。
そこでゆっくり減速してみよう。少しずつ操縦桿を引く。このときトリム装置には触れないものとする(トリム装置は舵圧をゼロに抜くための空力バランス装置)。
そうすれば減ずる速度の大きさに比例して、大きな力で引っ張らねばならないなら、縦の静(速度)安定は正であると云う。
重心が前にあるほど大きい力で引く必要があり、これを強い静安定と云う。
重心が後ろに下がるに従い操舵力の勾配は小さく、軽く操縦できるようになる。これは静安定は正だが、それが弱いと云うことになる。
もっと重心を下げれば遂に操舵力が変化しないスカスカの状態になる。古いベルのヘリコプターを油圧システムで操縦するとき、人工舵圧(バネ)の機能を切れば、これと同じスカスカ状態となり、操舵量と速度変化の関係が保たれており、外が見える有視界気象条件であれば、操縦できないことはない、と云っておこう。でもそんなのには乗りたくない。
グラフの例では重心位置40%MACでそうなると云っている。
50%MACでは減速するのに操縦桿を押す力が必要となっている。これは飛べない。静安定は負であると云う。重心を後ろに下げすぎるとそうなるのだ。
以上を念頭において97戦の脱出ハッチから2名を収容したときのMACを計算してみる。2名の体重を装備込みで150kgとした。計算過程は表を添付した。40%MACになる。厳しいが試験を経て飛べることは確認されているはずだ。
ここに2名を搭乗させるのは設計段階からのもので、PR動画で2名を乗り組ませるものが残っている。
次に意識を失っている松村中佐の場合だ。中佐は背臥位(ハイガイ、うつ伏せ)の姿勢だろうから、2名が縦に並んだときと同じアーム長とした。この場合は36%MACだ。操縦に先ず不安はない。
第16話で尾部に取り付いていた整備員をそのままに離陸した話しを書いた。このときの重心は心配したほど下がらなかった。38.5%MACだった。なんとか操縦できた。事実のとおりだ。
さて中佐を機内に収容した西原曹長は操縦席に乗り込もうとして驚愕することになる。
「風防の左側半分は吹き飛び計器板さえ左半分はなかった。加えて座席の中にはガソリンがジャブジャブと流れ出していた。」
さてどうする。 ノモンハンの時計が、ここにきてなかなか進まない。
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