facebook_UP2018.06.19
伽数奇のFairy tale 002_08
ノモンハン空戦からの発想
第8話 飛行機の冗長システムの芽ばえと被弾した戦隊長の戦場離脱
マグネトーから現代のB-737MAXまで
飛行第24戦隊長、松村中佐の愛機の発動機は推力を失い、発動機後方にある、つまり操縦席真正面の胴体タンクから、50Lの燃料が噴き出している。
増槽を抱いていれば燃料は増槽から、増槽がなければ主翼から使用する。
離陸後40分程なので、まだ胴体タンクは満タンであったろう。
敵3機はまだ喰らい付いている。
村松中佐はここで「手早くエンジン・スイッチを切って急旋回を行いながら、わざと機体をスピンさせ、撃墜されたと見せかけて追撃してくる敵の攻撃を回避した」と書いている。
車のエンジンはイグニッションコイルで、バッテリーなどからの電源電圧を昇圧して、点火プラグに火花をスパークさせ、燃料を混合した空気を、シリンダーピストンで圧縮し、そのガスを爆発させる。
この場合、バッテリーや発電機などの元電源を失えばエンジンは止まる。
レシプロ(ピストンエンジン)機の発動機は、車に使われているイグニッションコイルに変えて、自分のエンジンで駆動されるマグネトーで自己発電、自己昇圧させ、点火プラグに高電圧を送る。マグネトーはバッテリーがなくとも、車で云うジェネレーターやインバーターがなくとも、エンジンの自己完結運転を可能とする。加えてマグネトーは2基がエンジンに組み込まれ、点火プラグも1シリンダーに2個つけた。
シリンダー内の混合気は2つの火花で爆発するので効率がよくなるし、1系統が故障してもバックアップがあるので安心だ。飛行機の大事な系統を重畳しようする思想の原点だろう。
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マグネトー切り替えSW 操縦席正面計器盤の下部に取り付けられている。離陸前左右の系統の健全性をそれぞれ切り替えて確認する。点検時以外はBOTH位置にして両系統同時に使用する。 |
大韓航空機。航法のミスでソ連領に進入して乗客もろとも撃墜された事件があった。
1983年のことだが、INS( Inertial Navigation System慣性航法装置)に頼って飛行した。
この頃のINSは機械式ジャイロのプラットホームに乗せた、XYZ3軸の加速度センサーで得た加速度を、時間で2回積分して現在位置を算出した。
大事なのはプラットフォームの水平出し精度だ。だから当時のそんな装置は、畳で1畳ほどの立方スペースとなるし、重いし、運用ではジャイロの正確な起立(水平出し)にも時間を要した。今はリンクレーザーを使うなど機械部分もないし小さく軽く、起立も迅速になった。勿論いまはGPSとハイブリッドだが、当時は時間ともに誤差が蓄積してゆく。
GPSのない時代の、例えば対潜哨戒機。出撃前のジャイロ起立に3時間かける場合もあった。
旅客機ではそこまで必要ないが、いやそんなことでは商業としても成り立たない。
だが撃墜された大韓航空のジャンボ機は、立ち上げ中にランプ位置からプッシュバックしてしまったのだ。
エンジニア目線で云うと乗客が乗り込んできて、機体が揺れるのも嫌なのに、あろうことかプッシュバックだ。これによってプラットフォームは傾き、加速度計算は内蔵誤差を大きく蓄積し、それでソ連領に入ってしまった。
この後ライン各社のパイロットたちはINSを3基搭載せよと経営側と争った。会社はせめて2基と云った。パイロット側は2基だと、位置情報が乖離したとき、判断に困ると主張した。そんな歴史もあった。
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大韓航空機ジャンボへのソ連戦闘機のミサイル攻撃イメージ。 ソ連軍パイロットの会話は自衛隊が傍受していた。 ソ連は撃墜を認めないため、日本は傍受内容を公開した。 ソ連機パイロットの「目標は撃墜された」との報告音声は流行語になった。 |
現代の飛行機は100%コンピュータが飛ばしており、パイロットはそのコンピュータに指示を与えるだけと、前回書いた。コンピュータが故障したらどうするのか。
では少なくとも3台を搭載しよう。そうなった。
では、そのコンピュータの答えが違ったらどうするの。
そのためにコンピュータは互いの演算結果を比較し、答えが違ったら多数決の原理に従うようにされた。では、例えばとてもまれな飛行条件で飛んでいて、だから誰も気づかないままに放置されていたバグがあったとしたら。それが出てしまったら、3基とも答えは同じなので、多数決は無意味で墜落してしまう、そんな不安が残ってしまう。
だったらプログラムは、問題だけを与え、答え(プログラム)は、別々の人に別々に書かせよう。そうすればバグはあっても(あってはならないが完全に無くならないのがバグだ)分散するだろうし、であれば多数決の原理もまた生きてくる。システムの全体像が見えない不安な時代に見える。AIはこんな問題の救世主となるか悪魔となるか。
人間とコンピューターの問題は、コンピューター同士の葛藤をも包含することとなった。
1994年4月の中華航空名古屋空港墜落は、副操縦士が着陸を任され、進入末期にエンジンのコントロールレバーのすぐ下にある「GOレバー」に触れてしまった。「GOレバー」に触れるのはコンピューターに着陸復行を完全に委ねる命令として組み込まれている。
問題は操縦している副操縦士も、横に座っている機長も、それを承知していなかったことだ。
突然エンジンは離陸推力になり機首を上げ上昇しようとする。人はその意味が分からずパワーを削り機首を抑えようとする。コンピューターのほうもこの状態で機首が思いどおり上がらないのか、(しかたなく?)プログラムに従い、機首角をコントロールする(昇降舵ではなく、それよりもさらに効きのよい)スタビレーターで機首を上げる。
その結果失速して滑走路横の航空自衛隊小牧基地敷地に墜落することとなった。
「人間とコンピューターの問題は、コンピューター同士の葛藤をも包含することとなった」と書いた。
その問題はそのままボーイング社のB-737MAX事故の問題に直結している。
B-737の歴史は古い。どんどん大型化された。そのためにはエンジンを大きくする必要がある。その大きなエンジンの収納スペースがなかったのだ。従来の翼下にすれば、脚の長さを延長せねばならない。経済の優先はエンジンを主翼の前方へ移動させることにより、エンジン下法の地上とのクリアランスを確保させる処置になってしまった。
そんな形の飛行機が大迎角(機首を上げて相対気流をより下方から受ける状態)をもったとき、より頭上げの傾向を示すことだ。下の写真(特にその右下)からエンジンナセルが上向きのモーメントを生むことが理解できるだろう。
ボーイング社は、そのことに起因する失速事故を回避させるため、自動の制御系でパイロットをアシストすることにした。
そのアシスト装置がManeuvering Characteristics Augmentation System (MCAS)であり下図がその概要だ。
AOA(迎え角)センサーは左右にあり、これが大きな迎え角を検知したときに、
+オートパイロットを使用していない
+フラップが上げられている
+急な旋回
の条件が合致したときは、いつでもスタビレータが作動し機首が下げられる。
この機種は2度墜落している。
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一度目の事故でボーイング社はパイロットの責任だとして、結局世界中の737MAXに対する対策は取られることなく飛行させることになったのだが、理解できないのだ。
@AOAセンサは2個あるがどちらかが故障した場合はどのように判定し制御系への結合はどのようになされるか。
AなぜAOAだけで失速を警報するのか。速度や他のパラメータをももちいて総合的に判定させないのか。
BAOAセンサーは水洗してはならないとある。
Cディスエンゲージ手順が明確でなく、自動制御系に優先権を与えている。
D767タンカー(米軍の空中給油機)にも搭載されたが、軍のテストパイロットによって、人に優先権が与えられる構成となった。
Eボーイング社の量産体制を維持するための見切り発車と、事故に対する不誠実な対応。
737の大型化に伴い、新型機に携わる要員の教育が問題となる。違う型式と認定されてしまったら、パイロットも整備士も航空局から、マンツーマンの個別の、かつ実機を使った試験が必要となる。それにはその要員の教育も当然ながら必要であり、現に一線で働いているマンパワーを削ぎ、運航会社の経営を圧迫する。
そこでボーイング社は、新たに737MAX型機を世に出しましたが、既存機の要員であれば新たな特別な教育や、国家機関による試験など必要ありませんとし、FAAアメリカ連邦航空局もそれに乗ってしまったのだ。
だから2回目の事故でも両者は歯切れが悪く、結局は運航会社が先に飛行停止させ、FAAより先にトランプ大統領が大統領令によって飛行を禁じたのだ。
下の動画はこの事故をシミュレーターで再願したもので、女性キャスターを横に置いて説明しているシーンだ。(なおYouTube からは「元に戻るボタン」などで戻ってください)
目まぐるしく急回転するエレベータトリムの、ホイールの動きに驚かれたことと思う。
そのホイール制御しているコンピューターの暴走を止めるには、写真のSTAB TRIMのスイッチとコントロールコラム(操縦輪)についているスイッチを切り、機体のトリムを取り戻さねばならない。
上図は最初の事故、ライオン航空機の離陸から墜落までの時歴だ。青線は高度でオレンジ線が速度だが、それだけでパイロットがいかにコンピューター制御と喧嘩していたのかがよくわかる。300ktも速度が出ているのに、何が失速からの回復のアシストなものか。
コンピューターが失速をAOA以外の、速度やエンジンパワーなどのパラメータを参照して判断しているのではないことが一目瞭然だ。
だいたいオプション購入しいオリジナルでは、機体が参照するAOAセンサーはフライト毎に左右のセンサーが入れ替わることになっていて、パイロットが選択することはできなくなっている。だから故障判定も、他のパラメータとの総合判断もないと強く思われるし、暴走したとき人が直ちに操舵権限を取り戻すこともできない機構になっていたのだ。
名古屋のA-300の事故で、米国は「欧州の機体はコンピューター優先だからこのような事故になる」としていたのに、いつの間にかボーイングの機体はそれを超えていたのだった。
マグネトーの点火系統の多重化の思想の芽ばえから、いまそんな時代になった。
レシプロ機では離陸前のエンジンチェックで、点火系統を1系統毎に運転して、両系統が正常であることを確認する。このとき両系統(both)運転より回転が数十rpm落ちる。2つプラグの同時点火は、燃焼効率を向上させていることも、なるほどと理解できる。
空中戦で被弾した松村中佐はこのスイッチをオフにして、火種を絶ったのだ。
燃料コックも断にしただろうか。もっともエンジン後部の胴体タンクから燃料が噴出しているから、それは事態を変えるものではないだろうが。
この直前、前方の墜落せんとする敵機と、後方の追尾機から離脱するため、スロットルを開けながら機首を上げている。
速度が付いてこない。
エンジンも被弾して故障のようだ。
たちまち速度が失われる。
そこで、そのまま主翼が下がっている方のラダーを一杯に踏みこみ、操縦桿を腹まで引けば、直ちにスピンに入る。
スピンは旋転方向側の主翼は失速している。
そのため大きく傾いて回りながらの降下飛行となる。
片方の主翼を破損しての墜落行きの場合、片翼が完全な失速ではないので、このときの降下飛行は、スピン(錐揉み)ではなく、螺旋降下となる。謂わば機首を下げて行う、軸線のとおらないロール(横転)降下飛行だ。中佐はそれを偽装した分けだ。
速度を失い機首が上がった状態から機首を素早く下げるには、スピンに入れるのが手っ取り早い。だがいつまでも完全なスピンだと、人が操縦しているかと疑われるだろう。それに疑われたら、スピンは速度が遅いだけに、すぐ追いつかれてしまう。
だからスピンに入れて素早く機首が下がってくれた後は、ストッパーまで当てている手足の舵を徐々に抜き、でも旋転は続くように、足に換えてエルロン(補助翼)を使用して、螺旋降下に移行する。こうすれば速度もみるみる回復する。
スピンのときは漏れ来る燃料ガスが充満したが、速度の回復とともに、少なくともガスの停滞充満からは逃れただろう。
後方の敵機は、それに戦隊長を助けようと迫ってくるだろう西原曹長のことも気になる。
ソ連機は墜落せんとする機体追随の要なしと判断したのだろうか、それともジューコフ将軍の新戦法が徹底され深追いをしなかっただけなのか。
ともかくも松村中佐機から彼らは離脱した。
だが螺旋降下の高度損失は早い。高度4000mでの空戦開始が、いま2000mまで下がってしまった。満蒙国境の目印でもあり、地上軍の対峙しているハルハ川までは遠い。
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