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変化虎の巻4

 まるで誘拐のように病院から攫われた虎徹は、ものの数分でバイクから降ろされていた。てっ
きり自宅まで送ってくれるものだと思っていたが、到着したのはバーナビーのマンションだった。
「聞きたいことが山ほどあるんです。今日は逃がしませんよ」
「別に、逃げてなんかないだろ?だいたいオレだって、詳しいことは何も…」
 部屋に入ると、バーナビーがさっさと宅配ピザを電話で頼んだ。
 どうやら今日は、問答無用でピザらしい。
 別に好きだからいいけど……
「じゃあ、彼女があらかた説明したんだな」
 それからすぐにピザが届いて、手軽ではあるが夕食となった。
「そうですね、彼女のNEXT能力とかは…、でも途中で貴方と入れ替ってしまったので全部と
いうわけではありません」
 どこか恨めしげなバーナビーに、虎徹は苦笑を隠しきれない。
「そうは言うけどな、実際にはオレよりお前たちの方が彼女によっぽど会ってるんだぜ?」
「え、身体に意識がないときは、二人で会える、みたいに言ってましたけど」
 サービスのレジェンドコーラを美味しそうに飲みながら、虎徹はバーナビーの質問にちょこっ
と首を傾げて手を振った。
「まあ、会うって言い方は違うと思うが…、とにかくだ、寝てる時とかはそれに当てはまらない
んだよ、気を失った時とか、割と限定された制約があって」
 バーナビーは、わかったようなわからないような微妙な顔をした。
 実際のところ、一人の中で二人の意識がせめぎ合うのはいいことではないだろうし、そういう
スイッチみたいなものがあるのかもしれない。
 どっちにしても、現実離れした話だが……
「あの時の能力、やっぱり彼女の能力だったみたいですね」
「えっと、なんだっけサイコなんたらと、テレパスだっけ?」
「サイコメトリーは聞きましたが、テレパスって…ああ、そういえば内部構造が僕にも見えた、
あれですか?」
「でもあれなー…、あの人の能力って実はそんなに強くないんだよ」
「え?どういうことです?」
 食べ終えた残骸を片付けようと立ちあがったバーナビーが、思わず足を止めた。
「だから、爆弾の細部までわかるとか、そんなことはないらしいんだよ。オレからその話聞いて
驚いてたからさ」
「まさか、ハンドレットパワーが影響してるんでしょうか?」
「どうかなあ、別に能力は発動してなかった気がするんだけど」
 残りのコーラを喉に流し込んで、虎徹は空のカンをバーナビーに押しつける。
 バーナビーはゴミを詰め込んだ袋をキッチンのごみ箱に捨てると、冷蔵庫からよく冷えたペリ
エを取り出した。棚からグラスを二つ取って、テーブルに並べる。
「お酒のがよかったですか?」
「んにゃ、別にいい。今日はなんか疲れたし」
 しゅわーっと泡が弾ける音をさせつつ、透明な炭酸水がグラスに注がれる。
 バーナビーは虎徹の分を手に取って、何気なく手渡そうとして眉をひそめた。
「ところで、虎徹さん」
 受け取ろうと身体を伸ばした虎徹は、ふいにグラスをひっこめられて勢い余って前につんのめ
ってしまう。
「……っんな?なにを」
「どうしてそんなに離れてるんですか?」
「そ、そんなことないだろ、別に……、いいから早く渡せよ」
 テーブルに手をついて、さらに腕を伸ばしてグラスを奪い取る。
「ありますよ、さっきから半径一メートルくらいの距離を保っていますよ」
「……細かいな。いや、べつにいつもこれくらいだっただろう」
 いつもはお気に入りの椅子から動かない癖に……
 今日に限ってなぜか腰が落ち着かないと思ったら、バーナビーが動くたびに自然を装って微妙
な間を置いて座りなおしていたようだ。
「どうして避けるんですか?」
「さ、ささ避けてないだろう」
 そんなにどもったら肯定してるのと同じだというのにブンブン首を振っている。
「なんですか?もしかして、何か怒ってるんですか」
「えっ?怒ってる?オレが、なんで」
 きょとんとした顔で首を傾げる仕草に嘘はない。どうやら強引に連れてきたことを拗ねている
とかそういうことではなさそうだ。
 バーナビーは、試しにずいっと近づいた。
 すると反発する磁石のような勢いで、びょんっと飛びのいた。うさぎだって驚く程の見事な跳
ねっぷりだ。
「……虎徹さん」
「あ、あはは……な、なんだろう、オレにもわからん」
 ただバーナビーの近くにいるとむずむずするというか、よく高いところでぞわっとくる、あん
な感覚がするのだ。
「彼女が言うみたいに、もしかしたら僕の心が読めるんですか?」
「読めねーよ、つか別に彼女だって読めるわけじゃないぜ。感じるってか、こう…今のお前はな
んつーか、ゾクってするっていうか…、落ち付かないんだ、とにかく」
 支離滅裂になりながらも、虎徹はなんとももどかしい感触を伝えつつ、その途中で「ん?」と
首を捻った。
「なんで心が読めると、オレが逃げると思うわけ?」
「なるほど、そういうことですか…」
 虎徹の質問に答えず自己完結するバーナビーに、虎徹はムッとして「なんで?」と重ねて聞い
てきた。バーナビーが小さく息をつく。
「僕が貴方をみるとムラムラするのが、ダイレクトに感じてしまうんでしょうね」
「は…?む、ムラムラ…って、言った?」
「言いましたよ、それが?」
「いや、なんていうか……お前がそういう…えっ、オレに?」
 笑いを堪えるような顔をしていた虎徹が、突然気がついたように自分を指さした。
「だからそう言ってるでしょう。おかしいですか?貴方は僕にとって恋愛対象なんですから、性
的な目で見ることだってありますよ。でも、それをその都度感じてしまうんじゃ、危機感を覚え
ても仕方がないのかもしれませんね」
 もともと鈍感な人だから、今までぜんぜん感じてなかったんだろうけど……
「あ…、まあ、そうかな」
 バーナビーの直球の言葉に、ちょこっとだけ照れながらも虎徹も納得した。
 オレだってバーナビー見てその気になることだってあるし、要はそういうことなんだろう。
 だけど、この能力って思った以上にしんどいな。好意からくる感情だったらまだしも、もしこ
れが悪意からくる憎悪とかだったら、とてもじゃないが身が持たない。
 こんなこといちいち見えたんじゃ、普通の生活なんか無理なんじゃ……
 彼女いわく、彼女の力は本来もっと弱いと言っていたが、それでもなんだか彼女が気の毒にな
ってきた虎徹である。
 そうこうしてる間に、バーナビーがふいに顔を寄せてきた。
「っっ!?」
 虎徹は、とっさに腕を突きだした。
 ほぼ脊髄反射で突き飛ばしたのでまったく容赦がなく、バーナビーは景気よく後ろへ転がった。
「なにをするんですかっ」
「それはこっちの台詞だ!何する気だ」
「何って、そりゃ、決ってるでしょう?」
「ちょっと待っ…、待った!オレのこの状況わかってる?」
 すぐに体勢を立て直したバーナビーが、すぐさま虎徹の肩を掴んだ。不意をつけなかったので、
今度は簡単に逃げられなかった。
「わかってますよ、別に何の問題もないでしょう?」
「あほかっ、あり過ぎるだろっ!」
 噛みついてくる虎徹に構わず、バーナビーは襟元を飾っていた黒いリボンタイを解いた。
 それに気がついて、虎徹は慌てて襟を寄せるように押さえてバーナビーを睨む。
「だめだって言ってるだろう?やめろって」
「どうして?」
 バーナビーにはどうして虎徹がそこまで拒むのかわからない。だいたい初めての時だってここ
までの拒絶反応はなかった気がする。
「どっ、どうしてって…、だって当たり前だろ、オレ今……」
「別に僕は女性だって抱けますよ、もともとゲイじゃないし」
 その言葉に、虎徹がそれこそ眦を吊り上げた。
 数秒の沈黙のあと、ついっと顔をあげてバーナビーを仰ぎ見る。心なしか赤みを帯びた唇がち
ょっぴり拗ねたように突きだしている。
「実はお前…、オレが女だったらよかったとか思ってる?」
「唐突になんですか?そんなこと微塵も思ったことありませんよ」
 なんでいきなりそうなるのか、バーナビーは呆れたように何度も瞬きした。
「うそだ」
 誘うような唇が、小さく動く。
「どうして嘘だと?まさか、心の中で思ってるのがわかるとでも?」
 今にも襲いかかりそうになるのを堪えているバーナビーは、対応がだんだんつっけんどんにな
るのをどうにも止められなかった。
「……読めねーっていってるだろう、そうじゃなくて、なんていうのか…、お前、スゴイ喜んで
るって気がするから」
「ああ……、そういうのはわかるんですね」
「ほらな、やっぱりそーだっ!お前、ホントは女が抱きたかったんだろう!女なら誰でもいいん
だなっ」
 バーナビーの、ある意味すごくまっすぐな欲望をダイレクトに浴び過ぎて、虎徹はすっかりパ
ニックを起こしていた。ほとんど言いがかりのような難癖をつけ始める。
「バカなこと言わないでください、逆ですよ」
「ぎゃ、逆?って……男なら誰でも」
「違いますっ!虎徹さんならどっちでもいいって言ってるんです」
「でもお前…、今のオレ見てなんかスゴイものが出てるし」
 頭のてっぺんからなにか桃色の蒸気みたいのが見えるのだ……恐ろしい。
 なぜかバーナビーの頭部から上に釘づけになっている虎徹に首を捻りながらも、相変わらず逃
げ腰になっている身体をなんとか腕の中に閉じ込めたまま、仕方がなさそうに口を開いた。
「なんのことかわかりませんが、そりゃ興奮もしますよ。僕は貴方の事が好きなんですよ。僕だ
って男なんですから、いろんなシチュエションに萌えるのは当然でしょう」
「萌えって…、」
 40近いおじさんに萌えを求められても……
 まさか、女装萌え?この場合、女装じゃないけども。
 なんにしても、これほど好き好き言われれば悪い気はしないが。
 ポーカーフェイスというか、あまり感情を顔に出さないヤツだなあ、と思っていたけど心の中
ではこんなに自己主張してたとは驚きだ。
 つーか、わりと俗物というか……
「だめですか?」
 年下の恋人にコレを言われるとめっきり弱い虎徹である。
 うわー…、これってダメって言える状況なの?
 

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