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変化虎の巻2

「ヒーロー業は、しばらくお休みしてください」
「は?やっ、身体は健康そのものなんですが」
 ここはシュテルンビルトで一番大きな病院の、とある特別病棟の診察室。
「もちろんわかってます。どこにも異常はありません。ですが、未知のNEXT能力者によって
変化した身体がこの後どうなるか、想像がつきません」
「……っだけど」
 ヒーロー専用の病棟で、医師もNEXT能力者を専門に診る医者だ。とはいえ、いまだ謎の多
いNEXT能力のすべてがわかるはずもなく、それどころか今回のことは初めての事例としてす
でに医師の目は、研究者のそれに近い。
 なにを目論んでいるのか、入院して詳しく検査した方がいいとまで言われた。
 もちろん、それは丁重にお断りして逃げるように診察室を後にした。
「医者の言うのももっともです」
「なんだよバニーまで、だってオレはホントになんともないんだぜ。ハンドレットパワーだって
つかえるし」
 帰り道、憤然として早足で歩く虎徹の姿はどう見ても女性だった。あれから二日、虎徹の不可
解な変化は続行中である。取り敢えず関係者だけにはこのことを報告して、ちゃんと会社には通
ってはいたが、ヒーローとして出動できるかどうかは保留だとロイズに言われてしまった。
 症状が症状だし無駄かもしれないが、一応医者に相談してみればどうか、というのでこうして
診察にきたのだが……
 本当に無駄だった。
 それどころか危うく実験動物にされるところだった。
「まず、第一にヒーロースーツどうするんですか。どう考えても合わないでしょうに」
「あ…、ほんとだ」
 呆然とつぶやく。あのピッチリとしたアンダースーツが、まず無理だ。身長は変わらないが、
なにしろ体型が変わり過ぎている。
「実はこの服もなんだか合わなさ過ぎてモサモサするんだ」
 いつもと変わらぬ虎徹の服は、あちこち余ってまるで借り物でも着ているようである。
 どちらかというとスレンダーな身体つきなので明らかにウエストが合ってないし、豊満とは言
えないその胸でも、やはりベストのボタンが苦しそうである。
 バーナビーはなんとなしにその様子をみて、さーっと青くなった。
 ――まさかっ!
「こ、虎徹さんっ!」
「ん?」
 顔を寄せて、そっと耳打ちする。
「……っ!ばっ…、んなもんしてるわけないだろ」
「やっぱり…」
 真っ赤になって取り乱す虎徹の手をむんずっと掴むと、問答無用でロンリーチェーサーに放り
こみ、バーナビーはアクセルを全開にした。
 果たして、虎徹が連れてこられたのはなんだか高そうなブティックだった。
「すみませんが、この人の服、上から下まで一通りお願いします」
 バーナビーは、虎徹が何か言う前にさっさと店員に引き渡した。それこそ口を挟む間もなく
「かしこまりました」と店長らしき人が恭しくお辞儀をすると、わらわらと女性が数人現れて虎
徹を奥へと連れて行ってしまった。
 なにか叫んでいるようだが、ここは我慢してもらうしかない。
 そして数分後、虎徹はぐったりと疲れて出てきた。
「あれ?結局その恰好なんですか」
 どうやら、パンツスタイルでしかも色合いもほとんど変わらない服を選んだようだ。もちろん、
サイズもぴったりで、その姿はどこからどう見ても女性そのものだ。
 さすがはゴールドステージでも屈指の高級ブティック、髪も綺麗に撫でつけられてなんだか女
子力が無駄に上がった気がする。
「おま…、おまえ〜、オレは…っ!」
「はいはい、あの恰好じゃどこにもいけないでしょう?それに、下着はちゃんとつけないと、い
ろいろまずいでしょうに」
「ばっ、…もし、このまま男に戻ったらどうすんだよ」
 声を顰めてバーナビーに詰め寄る。
「そんなことより、今の姿で何も付けてない方が問題ですよ。気が気じゃありません」
「はっ?なんで、そんなもん」
「じゃあ聞きますが、貴方はもし好きな女性が下着も着けずに町をふらふら歩いてたら、どんな
気がしますか」
「そ……れは、…困るな」
「そういうことです」
 結局バーナビーに丸め込まれて、虎徹はしぶしぶその恰好で会社へと戻ることになった。
 ちょっと外出した間にすっかり女性度アップを果たした虎徹に、ロイズは目を白黒させていた
が、病院での結果を報告すると困った顔で溜息をついた。
 実際、女性のヒーローもいるのだからそれだけの理由で長期間出動を制限するのもおかしいが、
ただ身体にどんな変化がおこるかわからないので、やはり少し様子を見た方がよいと結論が出た。
 虎徹は不満そうだったが、この件が長引くようならスーツを新たに用意してくれると言ってく
れたので、即座に機嫌が直った。さすがに看板ヒーローにまでなったバディの一人を、会社は簡
単には手放す気はないようである。
 むろん、問題はなにも解決していない。本当のところはこれがNEXTの能力なのかさえ、実
はわからないのだ。
 あの元凶の男がなにしろ正気を取り戻さなくては、あの日行われたのが本当はどんなことだっ
たかのかそれさえもまったく不明だ。誰のNEXT能力なのか、それとも信じがたいことだが本
当に霊が関連しているのか。
「とにかくトレーニングだ。身体に慣れるためにも」
 結局のところ、解決の糸口さえ見えないのだからぐだぐだ考えても仕方がないと、虎徹は前向
きに考えることにした。デスクワークを適当に終えて、トレーニングセンターへ向かおうとする
虎徹を、バーナビーは慌てて追いかけた。
 いつもは、きっちりと仕事を終えてから行くのだが、今はとにかく虎徹を一人で行かせるのは
心配だった。
 そして、その心配は的中する。
 何の頓着もなく、虎徹はロッカールームへと入っていった。むろん、男子用である。当然と言
えば当然だが、自分の今の姿を少しは顧みて欲しい。制止するバーナビーが声が虚しく響く。
「わーっ!」
 案の定、直後に悲鳴が上がった。
 運悪く着替えていた折紙が、虎徹を見るなりぎょっとしてロッカーの中へ身を隠そうとしてい
た。
「どこに入ろうとしてるんだ、お前は」
「だって…、」
 半分ロッカーの中へ入り込んだ恰好で、必死に服をかき集めている。
「なんだよ、オレは痴漢かっての」
「あながち間違ってないですよ、虎徹さん」
 息を弾ませて、バーナビーが遅れてロッカールームへと入ってきた。
 中身はともかく、女性が男性用ロッカーに侵入してくれば驚くのは至極当然だ。
「すみません、わかっていはいても…つい」
「いいえ、折紙先輩はこれっぽっちも悪くありません。悪いのはデリカシーに欠けるオジサンで
すから」
「なんだい、みんなして」
 理不尽に責められて、虎徹はすっかり唇を尖らせて拗ねている。
「それにしてもうかつでした。虎徹さんの着替えどうしましょうか?まさか女性用のほうを使う
わけにいきませんし」
「あたりまえだろ、なにいってんだ。別にここでいいじゃんか」
 そういって、ベストのボタンをはずし始めた。
「う、うわっ!まって、まって……」
 折紙は慌てて着替えると、まるで逃げるように出て行った。
「なんだありゃ、別に素っ裸になったわけじゃないだろが」
「絶対にやめてください」
 ブツブツと不満そうに呟きながら、虎徹は何の頓着もなく着替え始める。もちろんバーナビー
の視線などこれっぽっちも気にしてない。たぶん、誰がいても気にしないだろう。
 バーナビーは、気苦労を一人でしょい込んだように深いため息をついた。
 いつものように、ポイポイと服を脱いでいた虎徹がふいに手を止めた。
「なあ、コレって外したらだめ?動きにくいんだけど…、なくていいだろ」
「ちょっ…、そのままTシャツ着るとかしないでくださいよ」
「えー…、でも」
 後ろに手を回して、ホックを探しながら虎徹が同じ所でくるくる回っている。自分が回っても、
もちろん指は一向にホックに届かない。
 だんだんイライラしてきた虎徹を盗み見ながら、バーナビーは先程のブティックの紙袋をがさ
がさと漁っていた。ここには虎徹の元の服と、着替え用に買った下着などが入っている。
「虎徹さん、後ろ向いてください」
「お…、おう」
 バーナビーはオジサンが悪戦苦闘しているホックを外してやると、探し当てを手たソレを手渡
した。
「これに付け替えてください。これなら動きやすいですよ」
 いわゆるスポーツブラというやつだ。
「へー、なるほどな。お前準備いいなー」
「こっち向かないでくださいっ!!これくらいは当たり前です」
 振り向こうとした虎徹を全力で止めて、バーナビーは自分の着替えを始めた。
 こっちが気をつけなければ、虎徹は女の姿をしていることさえ忘れてしまいいそうだ。それは
断じてマズい。なんとしても被害は最小限にとどめなければ。
「ん?…これ、どから腕通すんだ?あれ?な、なんか…、おおっ?ここがクロスしててなにがど
うなっているやら」
 どうやら、こんがらがっているらしい。
 おそるおそる振り向いたバーナビーは、ガンっとロッカーに頭をぶつけた。
 まるで両手を頭の上に縛られているようなトンデモナイ状態で、虎徹がじたばたともがいてい
たのである。
 ……こ、この人はっ!
「な、なんて恰好してるんですか!ほら…、ここに首を通してください」
 理性を総動員させたバーナビーは、絡まった腕をほどいてやってヤケクソになりながら文字通
り手取り足とり着替えを手伝った。
「腕はこっちです。そう…」
「……バニーちゃん、めんどくせーよコレ」
「文句言わないでください」
「…はい」
 いろいろ忍耐力を駆使しているバーナビーの怒りの沸点はとんでもなく下がっており、虎徹は
ぎろりと怖い顔で睨まれて従順に頷くしかなかった。
 トレーニングする前からどっと疲れた二人は、もう帰りたくなりながらもいつものようにタオ
ルを片手にロッカーを閉めた。
「もういいですか?虎徹さん、行きますよ」
 先にロッカー室の出口付近に移動していたバーナビーが、いつまでももたもたしている虎徹に
一声かけてノブに手をかけた。
「ああ、今いく…っおわ?っと、痛ぇっ!」
 慌てて振りかえった虎徹が、ロッカーの前に設置してある長椅子に膝頭を嫌というほど打ちつ
けて前のめりに倒れそうになった。
「虎徹さんっ!」
 バーナビーは思わずハンドレットパワーを発動して、顔から床に激突する寸前の虎徹まで瞬時
に駆け寄り抱き上げた。まさにその間、一秒にも満たない早技だ。
「って、お前……こんなことでハンドレットパワーつかうんじゃないよ。出動掛かったらどうす
るんだ」
 バーナビーにしてみれば、そこのところは虎徹>市民だからぜんぜん後悔していない。もちろ
ん虎徹には言わないけれど……
 助けたのに叱られたバーナビーは、虎徹のこういうところは承知はしていたが、それでも不満
は顔に出たらしい。自分を見上げていた虎徹の表情が、少し困ったように苦笑した。
「……でも、まあ、ありがとな」
 ここがオジサンのずるいところだ。ゆるくバーナビーの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ
てくる。ちゃんと欲しい時に、適度な温もりをくれる……
 それにコロッと懐柔される自分はちょっと情けないが、そこは惚れた弱味というやつである。
 しかし、今回に限っては少し困った。なんだか密着する身体が妙に柔らかくてどこに手を置い
たらいいのかわからない。
「……せっかく着せたのに、脱がしたくなりました」
「ばっ、何言って…、アホか!」
 どうやら、心の声が漏れ出ていたようである。
 どかんっと突き飛ばされてバーナビーがよろけた隙に、虎徹はさっさとその腕から逃れた。
「つっ…、あ痛たた」
 しかし、すぐに膝を押さえて足を止める。
「虎徹さん?うわっ、血が出てるじゃないですか。これ、あとでスゴイ痣になりますよ」
「結構痛い…」
 冗談抜きで涙目になっている。
「当たり前です、どんだけ勢いよくぶつかったんですか。まったくそそっかしいんだから」
「……やいやい言うな、大丈夫だってば」
「確か救急箱ありましたよね?」
「え?いいって、血だけ洗って、あとは放っておけば」
「バイ菌入ったらどうするんですか、いいからそこ座ってください」
 そういって、バーナビーは救急箱を探し始めた。
「あれ?いつもここにありますよね、だれか使いっ放しでどこかに置いてるのかな」
 そういって棚を探っているバーナビーを見ていた虎徹がふと見上げると、棚の上に見覚えがあ
る木箱が置いてある。なんだあんなところにあるじゃないか。
 虎徹は、ごそごそと下の方ばかり探しているバーナビーに苦笑して立ち上がる。
「バニー、下ばっか見てるから見つからないんだぜ、ほら上に……」
 バーナビーの横に立って、虎徹はその箱を両手で掴んだ。
「上に?って危ないですね。重いものを上に置くなんて常識が、……虎徹さん?」
 身体を伸ばして棚の上にある箱を持った状態で、虎徹はまるで凍り付いたように硬直していた。
「一体どうしたんで…」
「触るなっ!」
 ビクッと伸ばしかけた手をひっこめる。
「こ、虎徹さん?」
「……、だ」
「え?」
「この中に爆弾が入ってる……」
「ど、どうしてそんなことが…?あ、時限装置の時計の針の音でもするんですか?」
「時限装置だけど、デジタルだ。音はしない」
「デジタルだって…、まるで見えてるみたいに…」
「見えるんだ……」
 呆然とつぶやくように虎徹が口を開く。
「というか、感じるというか、とにかく構造まではっきりと見える。ただ、オレは爆弾のこと詳
しくないから…、これを動かしていいのかどうかわからない」
 それでさっき触るなっていったのか
。じゃなくて、どうして見えているかが問題である。なに
しろ木箱なのだ、もちろん中身がスケルトンのように透けているわけではない。
 なのに虎徹は、構造までわかるといっている。
「バニー、みんなを安全な場所に避難させなくちゃ…、お前も逃げ…」
「バカなことを言わないでください。あ、いえ、皆を避難させるのはもちろん優先ですが、僕が
貴方を置いて逃げるわけないでしょう」
「そんなこと言っている場合じゃ…」
「ともかく、問題は振動感知装置が付いているかどうかなんです。それさえわかれば、解体でき
るかもしれません」
 虎徹の言葉を遮るように、バーナビーは早口に言った。
「残り時間は?」
「時間はまだ大丈夫だ、一時間以上あるから。だ、だけど、バニー…」
 虎徹はまだバーナビーを避難させることを諦めてないようだ。けれど、あえて虎徹の言葉を聞
き流してバーナビーは続ける。
「なんとか僕が中身を見られれば…」
「あ、それなら…バニー、顔こっち向けて」
 虎徹は、その独り言のようなバーナビーの言葉に事もなげに頷いた。
「え?こ、こうですか?」
「動くなよ」
 そう言って、おもむろに額を寄せてきた。お互いの額が、そっと触れ合う。
 一体これがなんなのだろう?バーナビーは不思議に思いながら、虎徹の伏せた瞼をなんとなく
見ていた。
「――っ!?」
 すると、ぼんやりと頭のなかにビジョンが浮かび上がった。びっくりしたように思わず身体を
引くと、一気に流れてきた情報に思わず目を回しそうになった。
「っう…!」
 しかし、頭の中には今の映像がくっきり残っている。
「一体これはっ?!これが虎徹さんの見えてる物ですか」
「…ちゃんと見えたか?」
 虎徹は、幾分硬い表情で聞いてきた。
「どういうことですか、これは…」
「今はそれどころじゃないだろう、それでどうなんだ?」
「あ、はい……そうですね、大丈夫です。振動感知はありません、ただの時限装置のようです。
これだけ時間があれば、皆を避難させて専門家を呼んでも間に合います」
「そ、そうか…」
 それでも慎重に手に持った木箱を床に下ろして、虎徹はへたりと崩れ落ちた。
「虎徹さん、大丈夫ですか?」
「……ああ」
 爆弾のせいで顔色が悪いのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。ひどく痛むのか
こめかみのあたりを押さえている。冷や汗もひどい。
「どこか具合が悪んですか?」
「い…、いいから、はやく爆弾処理の…」
 そこまで言って、いきなり電池が切れたかのようにふいに意識を失った。
「えっ?!こ、虎徹さんっ!虎徹さん?!」
 慌てたバーナビーはとにかく虎徹を抱き上げると、折紙を始め数人はいるであろうヒーロー達
に事の次第を話し、後を頼んだ。なぜか気絶している虎徹を気にかけたヒーロー達だったが、バ
ーナビーの話が緊急を要することだった為に何も聞かずに行動してくれた。
 こういうところはさすがである。
 なにがなんだかわからないが、とにかく今は虎徹の無事を確保しなければならない。バーナビ
ーは一分ほど残っていたハンドレットパワーで最寄りの病院まで文字通り飛ぶように走った。


 虎徹の身に、なにか良からぬことが起こっているのは明らかだった。
 そして、不可解なことが山積みになっていく中、ただ一つ確実にわかっているのはややこしい
事になりそうだという厄介な事実だけだったのである。

 



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