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変化虎の巻1


 トレーニングルームの脇にある、ロッカー室の扉が勢いよく開いた。
 そこから黒い塊が、すごい勢いで転がり出てくる。
 足をもつれさせて、まるで必死になにかから逃げている様子だった。
 トレーニングルームから出て来たキースとイワンに気がつくと、その人影は一目散に駆け寄っ
てきて、それこそぶつかる様な勢いでその懐に飛び込む。
「わっ!?なんだ」
 キースは突然抱きつかれて、目を白黒させている。
「待ってくださいっ!」
 続いてロッカー室から飛び出してきたのはバーナビーである。
 押しつけられた身体の柔らかさに、女性であることはわかった。
 逃げてきた女性に、追いすがるバーナビー……
「……信じがたいことだが、バーナビー君。まさか君はこの女性を」
「は!?よく見てください!虎徹さんですよ!」
 心外そうに首を振って、バーナビーが声を荒げる。
 なんの言い逃れかと口を開きかけるキースを制して、いやに落ち着いた仕草で飛び込んできた
女性を指さした。これが芝居だとしたらとんだ役者である。
「その服、いつもの恰好でしょう」
 脱げかけてはいるが、確かにシャツにベスト、そして黒いズボン…、いつもの虎徹の服装である。
 だが……
 肩を掴んでそっと身体を引き剥がすと、ほどけそうになっているネクタイが首に引っ掛かった
状態で、シャツとベストの前ボタンが4個ほど外れている。その服の隙間から、間違うことなき
胸の谷間が覗いていた。
 キースの横で、イワンが「のあっ」と変な悲鳴をあげている。
 顔は、俯き加減でよくわからないが髪型も似ていると言えば似ている。ちょっと長いような気
もするが、癖のない黒髪は確かに彼を思わせる。
 キースが反論できずにいると、バーナビーは彼女?の肩を引き寄せた。
「虎徹さん、いつまで抱きついているんですか?」
「……いやっ!」
 心なしか声も少し高い。
 バーナビーの手を振りほどいて、彼女はキースに再び縋りついてきた。
 思いっきり拒絶されたバーナビーは、少なからずショックを受けたように絶句している。
 なんだかわからないが、さっきからぎゅうぎゅう身体を押しつけられているキースは、心なし
か保護欲の様なものに駆られ、自然バーナビーから女性を庇うような体勢になった。
「バーナビー君には事の次第はわかっているんですか?僕には女性にしか見えないが、彼女が……」
「虎徹さんですよ、目の前で変化したんですから、間違いありません。事情は、まあ……ちょっ
と心当たりはありますけど」
「わかった、ではそこの談話室で話を聞こう、このままでは埒があかない」
 すると、ネイサンとカリーナ、ホァンが騒ぎを聞きつけて現れて、だいぶ後になってアントニ
オも加わった。
「なによ、ハンサムあんた女に不自由しないでしょ?なんで襲ったりしたの?」
 状況を一瞥するや、ネイサンがバーナビーに絡んだ。
「僕は女性に襲い掛かったりしてません!オジサンを襲ってたんです」
 すかさず返ってきた返答にさすがのネイサンも、ゴージャスに飾った睫毛を瞬かせた。
 けれど、とりあえず皆の注目は、女性に集中した。
 ずっと俯いたまま、まだ一度も顔を上げていない。相手はおじさんだとわかっていても外見が
女性だけに手荒なまねができないでいた。
 そして、さっきからバーナビーが不機嫌な原因。
 その虎徹の服装をした女性が、ずっとキースの袖をつかんで離さないのである。
「ホントにタイガーなの?」
 カリーナが、胡乱げな目で見つめる。
 服装は確かに虎徹だが、どう見ても態度がそれを否定していた。
 これではまるで別人だ。
 すると、俯いていた女性がやっと顔を上げた。
 威圧するように囲まれて萎縮していたが、女性であるカリーナの声に反応したのかもしれない。
 なんというか以外だった。
 結構、美人なのである。
 ただ、気取った綺麗さというより、野性的な美しさというか、キリッとした感じの美人だった。
 なんとなく見惚れていた全員が、はっとお互いの顔をみて正気に戻る。
 ことに、身体をくっつけているキースなどは見事なうろたえぶりだった。
「確かに、タイガーに似てるといえば似てるわね、完全に女の人だけど」
「……で、君は心当たりがあると言っていたね?」
 踊りまわる鼓動を誤魔化すように、キースは努めて冷静を保ってバーナビーに向き直った。
「ええ、絶対にそうとはいえませんが、他に考えられません。みんなも知っている事件ですよ」
 そういって、バーナビーは憎々しげにキースに視線を送って、深い溜息とともに話しだした。
 あれは、一週間前……


「オカルト集会っ?!」
「そうです、今日の夜、特別なイベントがあるとの情報が警察にタレこみがあったそうです」
「そんなもん、それそこ警察の仕事だろ?なんでオレ達に出動命令がくるんだ?それに、ヒーロ
ーTV来てないし」
「ヒーローTVは僕たちが突入したら入りますよ、極秘なんですよ潜入するのばれたら意味ない
でしょう?前半はVTRです。もう、TV自体は始まってます」
「しかもヒーロースーツも着てないし……」
「斎藤さんは、すこし離れたところで待機です、貴方話しちゃんと聞いてましたか?」
「聞いてたよ、潜入捜査だろ?」
 二人は今、真っ黒なローブで全身を隠していた。
 だが、さすがにヒーロースーツを着こめば、どう考えてもおかしなシルエットになってしまう。
 で、生身での潜入となったのだ。
「そうです、ばれないように潜り込まないとだめなんです。だからこそ、僕たちなんですから」
「わかってるよ」
 5分間のハンドレットパワー、たとえ銃撃戦になろうとも生身で無事でいられる確立が高いの
はのはこの二人だ。
「今回ヒーローが介入したのは、このオカルト集団の集会には必ず人死がでるからです。そして、
メンバーの幹部にはかなりの数のNEXTがいるらしいということです」
 NEXT相手では、警察はまったく手が出ないこともままある。
 今回も、タレこみによってNEXTがいることを知って、応援要請が来たらしい。
「いいですか?この首にかけたタグを見せるんですよ、口をきいてはダメです」
「わかってるって、ほら、もうすぐそこだぞ」
 虎徹が声をひそめた。
 前方に、倉庫のような廃屋があり、その入り口らしきところに黒いローブを身にまとった人物
が立っていた。
 二人は、それぞれタグを黒ローブの人物に見せる。
 こくり、と頷いて二人を中へと誘う。どうやら潜入成功だ。
 どこからともなく甘い匂いが漂ってきた。
 細い通路を歩いていき、いくつかのカーテンの様な仕切りをくぐった。
「なんかおかしくないか?」
「ええ、僕もそう思っていたところです。誰にも会わないし」
 すると、目の前にぼんやりとした光が見えた。
 それは無数の蝋燭だった。
 これは?
 そして目の前が開けたと思ったら、そこには無数の黒いローブの人だかりがあった。
 だが、自分たちの立ち位置は……
 無数の好奇の視線が集まる。そう、言うなればこっちがステージ側のような感じだ。
「さあ、今日の贄はヒーローのお二方、今までにない盛大なミサです」
 陰鬱な、けれど会場全体に聞こえるようなスピーカーを通した声が響く。
「はめられた、バニー能力を!」
 迷いはない。とにかく、強行突破してでもここから脱出することが第一だった。
 けれど、
「やってます、でも能力が……」
 二人は能力が発動できないことに気がついた。
「この私の能力ですよ、NEXTの力を無効化するのです」
 どこか悦に入ったしわがれた声で、酔いしれたように言う。
 観客が、おーっと歓声をあげる。
 本当にそんな能力あるのか?
 だが、能力が発動できないのは確かだ。
「君たちは、私の降ろした霊を纏う栄誉を授かるのです」
「霊だって?!ばかばかしいっ」
 虎徹が吐き捨てるように言うと、黒ローブの男はまったく堪えた様子もなく、くっくっと癇に
障る笑い方をした。
「霊を降ろすことによって、NEXT能力が強化することがあるんです。たくさんの霊なら、よ
り強い能力を開化することさえある。だが、」
 ここで、男は濁った眼で二人を舐めまわすように一瞥した。
「一つ欠点があってね、霊体を取り込むのにはそれなりの素養が必要なんです。霊媒体質はNE
XTと同じで特殊能力です。そうやすやすと見つかる事はありません、ましてやNEXTであり
霊媒体質であるなど奇跡に近い」
 自慢げにうんちくを語りながら、観客を喜ばせるように大げさに振舞って、ヒーローの黒ロー
ブをまるで手品師の様な気取った手つきで剥がした。
 信者たちのボルテージは、否応なく高まっていく。
 「今までたくさんのNEXTが犠牲になりました。それに、たとえ無事でもそれだけの霊を降
ろすとなると、下手をすると精神を破壊する。これ以上失敗するわけにはいかないんですよ」
 ここは、小声でヒーロー達にしか聞こえないように囁いた。
 虎徹たちは、能力発動どころかさっきから身体の力が抜けたようになってしまい、ついには座
り込んでしまっていた。
「そ、そんなもん、オレ達だって……」
 虎徹は、気分が悪そうにしているバーナビーを気にしつつ犯人の隙を窺うように会話を続けた。
 どうやらこの匂いが行動を制限させているようだが、効き目には個人差があるようである。
「いいえ、あなたたちヒーローは選ばれたNEXT、普通ではないんです。それに、2人いれば
どちらかくらいは生き残るでしょうし、ね」
「おまえ……」
 酷薄そうに笑いながら、本当に人の命などどうでもいいように言う犯人に、思わず切れそうに
なりながらも、虎徹は負けじと口を開いた。
「だが成功したらしたで、オレら最強無敵になっちゃうんだろ?おまえら無事でいられないんじ
ゃないのか?」
「さっきいいましたよね?精神に異常をきたすって、だいたいの人は壊れるんですよ、人格が。
操り人形のように」
 またもや囁くような声になって、耳元で嘲るように言った。
 イカレてやがる。
 本当にただの生贄なのだ。
 この末期のオカルト集団の、場つなぎ的な道具にされようとしている。
 そもそも、霊と言うのは本当の話なのか?
 NEXT能力者の、なにかの能力じゃないのか?
 変な円陣の真ん中に、二人は連れていかれ周りを囲った黒ローブの集団が、なにやら呪文のよ
うなものを唱え始めた。
 時間稼ぎもここまでか。バーナビーは意識がはっきりしないらしく、黒ローブの連中に何の抵
抗もしない。
 ますます、甘い匂いがきつくなる。周りの連中は、この匂いにはなれているのか、至って平然
としている。というか、ハイになっているようにも見えた。
 頭が、ひどく痛い。
 この甘ったるい匂いのせいで、思考が散漫になってくる。やばい、本格的にヤバい。
「バニー、意識はあるか?」
 声は出さなかったが、緩く頷いた。
「能力は?」
 首を、気だるそうに振った。
 くそ、髪の先まで甘くなりそうだ。ゆらゆらと頼りないバーナビーの頭を支えるように抱きか
かえながら、虎徹は少しでも抗うように呼吸を止めた。
 ふと、首を傾げる。
 虎徹は一瞬、何かをひらめいたような気がした。
 意味があるのかないのかわからない呪文が永遠に続き、その中心で観念したように大人しくし
ていた生贄の一人が数分後、いきなり行動を起こした。
 一瞬、呪文が止む。
 虎徹を拘束していたロープが切れたのだ。
 ぼんやりそれを見ていたバーナビーが驚いたように目を見開き、同時にその瞳に光が戻る。
 虎徹の身体の周りが青白く光っている、間違いなくハンドレットパワーだった。
「NEXT能力を消すなんてはったりだっ!バニー、極力息を吸うな」
 この匂いは、暗示の力を増長させる。この場の雰囲気と、男の言葉で能力を封印されたと思い
こまされたのだ。暗示だとわかってしまえば、魔法は解ける。
 だが、匂いがそれを邪魔をした。
 なので、虎徹は限界まで息を止めて暗示を破ったのである。体質的に匂いの影響を受けにくか
ったのも幸いしたのかもしれない。
 バーナビーの縄も引きちぎって、虎徹は身体を起こした。一瞬、目の前がブラックアウトして
倒れそうになったのを、今度はバーナビーに支えられる。ハンカチをマスク替わりにすることで、
少し匂いから脱出できたバーナビーはかなり復活していた。
 驚異的な肺活量を持つ虎徹も、さすがに4分近く息を止めたのは致命的に近い。よく意思の力
で息を詰めていられたのもだと自分を褒めてやりたかったが、身体は正直だ。重度な酸素不足に
見舞われた脳と心臓が、今頃になって悲鳴をあげていた。
「早く、早くしろっ!円陣の中から出すな」
 NEXT能力を発揮した虎徹に慌てたのか、男が黒ローブの集団で周りを固めた。
 それこそがヒントだった。そうか、円陣の外に出れば。
 見れば、まだバニーは息を止めて意識を集中しているところだった。薬の影響下から抜けるの
に、少なくとも虎徹は4分近くかかった。このままバーナビーがハンドレットパワーを発揮する
のを待っているわけにはいかない。
 バーナビーをひょいっと抱き上げると、虎徹は円陣を囲む黒ローブを蹴散らす勢いで走りだした。
「こ、虎徹さん!?」
「いつもと逆だな」
 しかし横からローブの影が数体、体当たりをしてきた。
 たいした力ではないが、人数が人数だし下手にハンドレットパワーで反撃して、大怪我でもさ
せてら事である。彼らは、必死に円陣の中へ戻そうと多勢を武器に押し込んでくる。
「くそっ……」
 虎徹は出来うる限り手加減して反撃しようとしたが、その抵抗の反動でよろけた一人のフード
からこぼれ落ちた長髪に驚いて、思わずその手を止めた。中身が女性だと気がついたためだ。
 けれど、彼らに躊躇はない。その虎徹の動揺の隙をついて次々体当たりをしてきた。
 ついに虎徹がヨロけた。だめだ、倒れる!
「く、バニー受け身とれよ!」
「!?っ虎徹さん」
 ぶんっと力いっぱいバーナビーの身体を投げ飛ばした。たぶん黒ローブの集団の中にダイブし
ただろうけれど、そんなことに構ってはいられなかった。
 虎徹は、無様に円陣の中に尻もちをつく。
 その瞬間、円陣が眩い光を放った。
 それは集団達にとっても予測外だったらしくドミノ倒しのように円陣の中へ倒れ込み、あの主
催者風の男も巻き込まれ、激しい震動を伴って光の塊が爆発した。
 もうもうと倉庫中の埃を撒き散らし、ようやく輪の外に飛ばされていたバーナビーが気がつい
た時には、すでにそこには惨状が広がっていた。
 円陣近くにいた黒ローブ達は、あるものは呆然と座り込み、ある者は明らかに気を病んだよう
にブツブツと意味不明な事を呟き、そして、あの主催者の男は天井に手を翳してひたすら笑って
いた。
 途端に不安になる。
「こ、虎徹さん…?虎徹さんっ!」
 バーナビーは黒ローブを掻き分けながら、必死で虎徹を探し始めた。
 円陣付近にいた黒ローブの人々は意識もなく倒れ、その中心で虎徹がうつ伏せで倒れていた。
「虎徹さんっ!」
 何人かの背中を踏んだ気がしたが、バーナビーは慌てて虎徹に駆け寄った。
 結局、この事件による死亡者はいなかったが主催した男が意識薄弱に陥ったため、いまだ事件
の解明には至っていない。
 虎徹は丸一日意識不明だったが、身体のどこにも異常はなく意識を取り戻した後はなんら何事
もなかった、……はずだった。
 刻を経て、あの重大な変化をもたらすまでは。


「それで、この女性?彼女がタイガーだと言うんだね」
 アントニオがあんぐりと口を開けて呆けている横で、キースが呆然と呟いた。
「そうですよ」
 バーナビーはこれ以上ないほど無愛想な声で、KOHにしがみついている女性を睨みつけなが
ら答えた。
「で、これってどんな状態なわけ?乗っ取られてるとか、そんな感じ?」
「あ、そうだよね、どうみてもタイガーの態度じゃないし」
 カリーナとホァンがちょっと冷静な目で、虎徹を観察した。さすがに女は現実的だ。もうすで
に状況判断に入っている。
 と、そんな時。
「……あれ?なんでオレ、スカイハイに掴まってんの?」
 いきなり件の女性が顔を上げて、キースから手を離した。
 全員が、恐ろしい形相で虎徹を振り返った。
「えっ??なに…なんなの?」
 それこそ犯人が裸足で逃げ出すほどのヒーロー全員の刺さるような視線が、虎徹に一点集中した。
 キョドったように琥珀の瞳を瞬く様は、どうやらいつもの虎徹に戻ったようだ。
 しかし…、
 今度こそヒーロー達は、お互いの顔を見合わせそのまま途方に暮れるしかなかった。
 まだ状況を分かっていないだろう虎徹のその姿は、今だ女性のままの姿を保っていたのだから……


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