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エビマヨ親子3



『なるほど……』
 これはすごい、とアポロンメディアのヒーロースーツ開発の技術者である斎藤が唸った。
 ほとんど聞こえないが、なにごとかぶつぶつ言いながらタイガーこと、虎徹を模したアンドロ
イドを穴があくほど観察している。
 バーナビーの提案で、この技術者の意見を聞こうということになった。
 彼は、一見……いや、どこから見ても変わり物ではあったが、虎徹たちは全幅の信頼を置いて
いる人物なのだ。前の事件はもちろん、いままでどれだけ助けられたかわからない。
 人は見かけに寄らないとは、彼の為にある言葉ではないだろうか。
 というわけで、アンドロイドという虎徹たちにはどう対処していいかわからない難題を解決す
べく、ここアポロンメディアの開発部の研究室に転がり込んだのである。
 一応、タイガーには怪しいポンチョを着せてここまでやってきた。
 文字通りとても怪しいいでたちであったが、虎徹と二人、並んで歩いていたらとんでもなく目
立つからである。
 なにしろ二人は、判で押したかのような同じ容姿をしているのだ。
 斎藤もはじめは目を丸くしていたが、事情を聞くと技術者魂が疼いたのか熱心に観察し始めた。
『この肌の素材は何を使っているんだろうか、質感が本物そっくりだ』
 ぷにぷにと頬を押さえる。
 斎藤とタイガーは丸椅子に座って向かい合っていた。
 タイガーは、しばらくじっと無表情に座っていたが、やがてぐりんっと虎徹の方を見る。
「ガ、マン…?……マダ」
「もう少しだから、じっとしてな」
 斜め後ろに立っていた虎徹は、無遠慮な斎藤さんのお触り攻撃に苦笑しながらも、ここは我慢
だぞ、とタイガーを宥めた。
 もちろん無表情ではあるが、タイガーは仕方がなさそうに前を向く。
 気のせいかもしれないが、最近仕草がますます人間っぽくなった気がする。
『睫毛や髪の毛も人工物には違いないだろうけど、手触りに違和感がないな。なんというか、こ
の開発者の執念みたいなものを感じるよ』
 この首に浮いてる血管みたいなのは、いったい何が流れているのか?と言いながら、ますます
エキサイトしていく。
「ジッ……ト、マダ?」
「ちゃんと前向いて、タイガー」
 だんだん我慢が出来なくなってきたのか、「まだ?」の間隔が短くなる。
『じゃあ、内部の検索始める前に、バーナビーに頼まれてた事を先に確認しておくね』
 やっと気がすんだのか、次のステージへと進む気になったようだ。
「ん?バニーに?おまえ、ナニ頼んだの」
 隣で腕を組んで壁に凭れていたバーナビーに、虎徹は何の気なしに聞いた。
「この間、確認できなかったことです」
「この間ってなに?」
 斎藤さんの手がタイガーのシャツに掛かろうとしているのを見て、はっと気がついた。
「えっ?!ま、まさか、おまっ、まだ諦めてなかったの?」
 虎徹がまずいっと、タイガーを止めようとした時にはもう遅かった。
 まさに、タイガーがどーんっ!と斎藤さんを突き飛ばした後だった。
 椅子に座った形のまま、斎藤さんは真後ろに転がっていた。
「わーーーっ!!斎藤さん!こらっ、タイガー」
 さすがのバーナビーも驚いて、転がった斎藤さんに駆け寄った。
 もちろん本気で突き飛ばしたわけではなかったので、怪我とかはしなかったようだがズレたメ
ガネを直しつつ、斎藤は驚いたようにタイガーを見た。
「フク、ヌグ…ダメ」
「あ〜、ほんとすみません、オレのせいなんです」
 虎徹が、慌てて間に入る。
「実は、このあいだバニーに脱がされそうになったんで、そういう不埒なやつがいたら突き飛ば
して逃げろって教えたもんで」
『ふむ、本当にタイガー君には忠実なんだね』
 吹っ飛ばされたことなどまったく気にしてないのか、斎藤はバーナビーの手を借りてさっさと
起きあがった。興味はもっぱらこのアンドロイドの行動パターンのようである。
「はあ、そうですね、基本的には」
『マスター登録でもされてるのかな?』
「マスター登録?」
『内部構造を詳しく見られれば、もう少しはっきり言えるかもしれないが…、だけど専門という
わけではないからね、あまり期待しないでくれよ』
「要は、コイツがちゃんとセーフティが働いていて、人を傷つけないと証明できるのが一番いい
んですけど」
『ま、そういうことだね』
 確かに斎藤はその道のプロフェッショナルというわけではないが、彼が安全を保証してくれれ
ば少なくともすぐに廃棄処分とかいう乱暴な措置はとられないだろう。
 今はそれ賭けるしかない。
 斎藤さんに太鼓判を貰ってから、然るべく機関へと協力を仰ぐ。そうしないと、都合の悪い事
を抹消したがる上層部は信頼できないのだ。
 と、それがバーナビーと虎徹が弾きだした答えだった。
「あー、ここにいた!」
 そのとき、いきなり開発部の扉が開いてカリーナとネイサンが入ってきた。
「げっっ!?なんでおまえら」
「ブルーローズが面白いもの見たっていうからさ、見に来たのよ」
 どうやらあの必殺のポンチョでも偽虎徹を隠しきれなかったようである。
 いったいいつの間に見られていたのだろうか。
 バーナビーは目を白黒させている虎徹を余所に、チッとヒーローにあるまじき苦々しい舌うち
をした。まったくもって恐るべき恋する乙女の勘と、抜け目なさである。
 カリーナが虎徹に恋心を抱いているのなど、むろんバーナビーにはお見通しである。
 あまりちょっかいを出してもらっては困る。
 なにしろ若くてかわいい女の子である。もっとも、若過ぎておじさんがそういう目でカリーナ
をみてないのも十分わかっていた。
 けれど、バーナビーの心配は尽きないのだ。
「ちょっと待て、なんでよその会社の中に入ってきてるんだよ」
「タイガーに用事だっていったら、ロイズさんが入れてくれたの。あとは勝手に手分けして探し
たのよ」
「勝手にって……」
 恋する乙女の行動力を甘く見てはならない。絶句するおじさんの横で、バーナビーは油断のな
らない目でカリーナを見ていた。
「うわーっ!見間違いじゃなかったんだ、すごいっ、そっくり」
「あらっ、ほんと、かわいい!なによ、この子、タイガーの弟?」
 動揺する虎徹に構わず、女子?二人は勝手なことをキャイキャイ言いながら、タイガーの周り
に屯った。
 いきなりの事に、タイガーが戸惑ったように虎徹を振り返った。
 その目が、「ドーン」てしていい?とでも言っているようである。
「わーっ、まてまて、落ち着け」
 ネイサンはともかく、カリーナは女の子なのだ。
 アンドロイドに突き飛ばされて怪我でもしたら大事である。
 もうどうにも収集がつかなくなり、このままでは調査もできないと最後には斎藤さんに全員追
いだされた。
 むろん、タイガーを置いていく際、ちゃんといつものお留守番のように待機モードになるよう
言い含めておいた。
 実際、バーナビーの部屋に泊る時などは、こうして丸二日とか留守番させても今まで何の問題
もなかった。バーナビーと違って、斎藤さんなら勝手にタイガーを剥いたりしないだろうし、と
にかく今は斎藤さんに任せるしかない。
 そしてカリーナたちをつれて、虎徹達はトレーニングルームへと落ち着いた。
「へえ、じゃあ、あの時のアンドロイドの生き残り?」
「そうときまったわけじゃないが、オレの姿をしているっていうのはそれしか考えられないだろう?」
「あー、いっぱい作ってたよね、偽タイガー」
 ネイサンに続いて、カリーナが頷いている。さすがに、あの偽タイガー事件には複雑な思いが
あるようで、二人とも苦い表情だ。
「あの時の偽タイガーは全部廃棄処分されたって聞いたけど」
「なんかオレとしては複雑だが、実際そうするしかなかったんだろうな。ただ、貴重な資料でも
あるので一部は保存されてるとも聞いた」
 これは後で調べて知ったことだ。
 バーナビーに偽虎徹の存在がばれてから、二人なりにいろいろと調べたのである。
「だけど、あいつはそれとは別だと思う。スーツと一体型じゃないし、どう考えても生身にこだ
わったつくりだしな」
「すごいよね、ぱっと見人間にしか見えないし」
 ぱっと見だけじゃないぞ、と虎徹はカリーナにタイガーの事をいろいろと聞かせた。
「あのタイガーって、ちょっと若いわよね?」
「え?惚れた?自慢じゃないけど、あの頃オレってば結構モテたのよ」
「べ、別に私は若くなくても……、」
 まずい、話がまずい方向へっ!
 バーナビーが腰を浮かしたのを、ネイサンが何やら面白そうな顔をして見ていた。
 まったくもう、この3人は可愛すぎるったら。
 まさしく、そんな時だった。
 ガラスの割れるような音と、爆発音にも似た破壊音が重なった。
 全員が、即座に立ちあがる。
 虎徹のPDAがけたたましく鳴り響いた。
「タイガー大変だ、突然アンドロイドが逃げた」
「は??なにそれ」
 通信は、斎藤さんからだった。
「わからない、ただ内部のデータを検索してる途中でエラーが発生してね、急に動きだしたんだ」
 しかも、とんでもない内容である。
 逃げたってどういうこと?今までこんなこと一度だってなかったのに。
「さっき言ってただろう?マスター登録の話、すこし調べてみようとその辺をいじっていたら急
に反応しちゃって」
「解除されたとか、そういうこと?」
 虎徹は、現場に向かいながら通信を続けていた。
「いや、解除はそんなに簡単にできないと思う。結論から言うと、あのアンドロイドのマスター
は君じゃないってことだ。単純に考えてマスターの元へ行ったのかもしれない」
「え、じゃあなんでタイガーはオレの言うことを?」
「わからない、君がマスターに似ていたから、とかあるいはどこか故障していて、マスターの認
識ができなかったか」
 虎徹が沈黙していると、斎藤は少し間を置いて言い含めるようにつけ加えた。
「ともかく、これだけは言っておくよ。次に現れたあのアンドロイドを、以前のままだと思わな
い方がいい」
 虎徹がついに足を止めた。
「どういう……」
「さっきも言ったとおり、マスターの言うことは絶対なんだ。しかも、もしセーフティを外され
でもしたら最悪だ。この間の偽タイガー戦が繰り返されることになる」
 足を止めた虎徹に気がついて、少し前を走っていたバーナビーも振り向いた。
 カリーナ達も足を緩めて、神妙な顔で虎徹を振りかえった。
「彼はアンドロイドなんだ。プログラムには絶対に逆らえない、だから覚悟だけはしておいたほ
うがいい」
 タイガーと戦うことになっても冷静に対処してほしい、と言って通信は切れた。
 もはや今から追っても、タイガーの能力が相手では追いつけないだろう。
 いったいどこへ行ってしまったのか?
 本当に斎藤さんの言うとおり、マスターの元へいったのか?
「本当に、オレの事を忘れてしまったんだろうか?」
 誰にともなく、虎徹が呟いた。。
 目の前に敵として現れたら倒せと?
 あの偽タイガーのように、まるで物のように木っ端微塵に吹っ飛ぶ様を見ろと?
 呆然と空を見上げる虎徹に、バーナビーはただそっと肩を抱くことしかできなかった。
 カリーナやネイサンはまだ事情を把握こそしてなかったが、あまりに虎徹がつらそうなので口
も挟めず静かに見守るしかなかった。
 ごみごみとビルの立ち並ぶ、灰色の空を見上げて虎徹は微動だにせず佇んでいた。
 こうなっては、もはやこちらからは探す術はない。
 現れるのを待つか…、いや、もう現れない方がいいのか……
 果たして、
 オレはどっちを望んでいるのだろう――



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