
エビマヨ親子4
その日は、思ったより早くやってきた。
虎徹たち、アポロンメディアのバディヒーローが他の現場に向かっている最中、ネイサンたち
が担当した現場に、彼は現れた。
彼とは、虎徹をモデルに造られたアンドロイド、タイガーと呼んでいたそれである。
現れた現場は、あの女神像の頭部。
事件以来、立ち入り禁止区域となっていたが、不審な爆発らしきものがあったと連絡を受けて
ネイサンたちが駆けつけたのだ。
前にたくさんの偽タイガーが排出された、ポッドのような扉の一番端。
そこにぽっかり空洞が続いていた。
どうやら隠し通路のようになっているようで、前回の調査では気がつかなかったものだ。
その入口に偽虎徹、すなわちタイガーが立ちふさがっていた。
その通路は、もしかしたら前の事件のアンドロイドを造っていたか、あるいは研究所施設に通
じているのかもしれない。
ならば、タイガーはそこから出てきたのだろうか?
そして今回も、そこへ戻っていたのか?
あの奥にタイガーを送り込んだ張本人、マスターがいるのだろうか?
もともとアンドロイドを量産したのは、例のロトアンヌとかいう技術者である。
だが、その彼は亡くなっている。
誰か他に協力者がいたのだろうか?
ファイアーエンブレムとスカイハイは、慎重に彼と睨みあっていた。
あの通路の中に入れれば、もしかしたら全ての謎がとけるかもしれない。
けれど、まかり間違って戦闘にでもなれば、彼らだけでは手に負えない可能性があるのだ。
タイガーの能力値の詳しいデータはないが、偽タイガーと同等だとしたらヒーロー総がかりで
もタダではすまないだろう。
その頃、連絡を受けた虎徹たちはその場をロックバイソン達にまかせ、急ぎネイサンたちに合
流するべくバイクを走らせていた。
「まだ戦ってはいないようですが、セーフティを外されてる可能性もあるので斎藤さんに連絡を
入れて置いてください」
「あ、そうか、そうだな」
バイクを走らせながら、バーナビーが言った。
セーフティの解除コードはそう簡単に弄れないはずだが、もしアンドロイドを作った技術者が
相手ではどうかわからない。
でも斎藤なら、万一変えられていても前回のように解除できるかもしれないのだ。
「……それにしても、目的がわからないな。もとは虎徹さんと入れ替える計画だったわけだけど、
計画を立てたマーべリックはもういないわけだし」
「うーん?そうだよな。他に協力者がいたとして、事件の解決した今になってタイガーを表に出す
ことになんの意味があるんだろうって感じだな」
気を揉みながらも、二人はひたすら現場への道のりを走っていた。
「……んっ?」
虎徹が、身を乗り出すように身体を伸ばした。
ジャッジメントタワーの頂上、女神の目がチカッと光ったような気がして、慌ててPDAで仲
間に連絡を取った。
「おい、どうなってる?!また爆発か」
『違うんだ、爆破の通報で介入してた警官の一人が発砲して…』
答えたのはスカイハイ。その声は、彼には珍しく苛立っているように聞こえる。
「はっ!?なんだよそれ、で、大丈夫なのか」
『それが…、反撃して暴れ出して、…武器は持ってなかったからなんとか押さえてはいるが』
「人に危害加えてんのか?」
『いいや、とりあえずは何とか食い止めた。本気で来たらどうなるかわからないけれど』
どうやら、致死レベルの攻撃を加えてこないとなるとやはりセーフティは解除されてないと考
えられる。
だが――
「バニー、先に行ってくれ、ここからならハンドレットパワーで一気に現地まで飛んだほうが早
い」
「でも、虎徹さん」
押さえるにしても、人手は一人でも多いに越したことはないだろう。
「オレは一分しか持たなから、現場に着いてから発動する」
「……わかりました、運転お願いします」
そういうと、バイクから一気に上空に飛んだ。
とにかくさっさとタイガーを鎮めないと大変なことになる。
こんなに問題を起こして、下手をすると本当に廃棄処分になってしまうかもしれない。
「タイガー、頼むからこれ以上は……」
はやる気を押さえつつ、タイガーは目前のジャッジメントタワーを見上げていた。
「遅れました、虎徹さんもすぐに来ます」
女神の後頭部にあたるヘリポートから侵入したバーナビーは、右往左往している警官隊を尻目
に間合いを取りながら、タイガーと睨みあっているネイサンたちに近づいた。
「タイガーには辛い結果になるかもしれないわね……」
バーナビーの顔を見るなり、ネイサンが小さくため息をついて首を振った。
隠し通路らしい空洞を背後に守った、タイガーを見てバーナビーは思わず眉を顰めた。
なんというか痛々しい姿だった。
警官隊に撃たれたのだろう、あちこちが弾痕によって穿たれ、帽子は遠い所に飛ばされて着衣
が乱れていた。
アンドロイドとわかっていても、見かけは生身の虎徹そのものなのだ。
思ったより、堪える。
バーナビーは危うく目を逸らしそうになる。
「で、この警官隊の混乱ぶりは?」
「邪魔なので引き上げてもらっているとこよ。怪我でもされたらこっちが迷惑だもの」
感情を抑えた声でバーナビーが聞くと、ファイアーエンブレムが毒を孕んだ声で答える。
「もちろん責任を押しつけてきましたけどね」
スカイハイが苦々しい顔で笑った。
「状況は?彼の様子はどうですか」
「偽タイガー君は、攻撃さえしなければ暴れることはないようだ」
バーナビーの問いに、スカイハイが答えた時だった。
「タ、イガー…?」
彼が、はじめて喋った。
全員が弾かれるように、タイガーを見た。
どうやら「タイガー」という言葉に反応したようである。
「コテツ…、カワル、オリジナル」
「変わる?入れ替わるってことか?」
バーナビーは、さっき虎徹と話していたことを思い出した。
それまで行動に迷いのあったアンドロイドが、急に明確な意思を見せて視線を巡らせた。
何かを探すように。
「カワ、…ル……、コロ、ス?…」
「え、え…なに、こ、殺すって言った?いま」
うろたえたようにファイアーエンブレムがスカイハイを顧みる。
「オ、…リジナル、ハイ、…ジョ…コテツ、ドコ?」
さっきから、ヒーローを見ていると思ったらどうやら虎徹を探しているのだ。
たぶん、これがマスターからの命令なのだろう。
虎徹を殺して入れ替わるという最悪のシナリオを、マスターによってプログラムされている。
果たしてマスターの命令と、人を傷つけないというセーフティのどちらがより優先事項なのか、
それが問題であった。
後者が優先なら、命令は実行できないが、もし……
いや、あるいはセーフティを外されてる可能性もまだ否定できない。
「こっ、虎徹さん!すぐに引き返してください、来ちゃいけない…」
「え?なに、もう着くけど」
慌ててバーナビーはPDAに怒鳴ったが、それは一瞬遅かった。
シュン、とエレベータの扉が開く。
あっと言う間もなかった。
扉の影から、虎徹の姿が見えたか見えないかの間に、タイガーが動いた。
誰も、反応出来なかった。
「…っ!!に、逃げて…っ」
バーナビーの掠れた悲鳴のような声が空間を引き裂く。
まるでスローモーションのように目では追えるのに、身体が動かない。
状況に気がついていない虎徹だけが、フロアーに足を進めた恰好で呆気にとられたような顔を
している。
タイガーは――、
けれど、虎徹の目の前でピタッととまった。
驚いた虎徹の視線と、彼の視線が必然のように交わる。
鈍く赤い光を放つ瞳と、琥珀色の瞳が一瞬にしてお互いを認識した瞬間、二人はまるで棒を呑
み込んだように硬直した。
あの初対面の時と同じ、痺れに似た電流の様なものが身体の中心を走った。
「うっ!?」
虎徹は、たまらず膝をつく。
「虎徹さんっ!」
バーナビーが慌てて駆けつけて、虎徹の肩を支える。
ファイアーエンブレム達も、タイガーを警戒しつつも虎徹を囲むように身構えた。
一方、タイガーはじっと虎徹を見詰めたまま動かない。
虎徹がようやく顔を上げると、そこにはガラス玉のような赤い瞳をこちらに向けたタイガーが、
小さく首を傾けていた。
「コテ、ツ…、イタイ、ノ?」
えっ!?
全員の視線が、タイガーから虎徹に移った。
まるで、どういうことだ?と言わんばかりの集中砲火に、虎徹はただ首を振ることしかできな
かった。
虎徹にしてみれば、現場に着いたとたんタイガーが走り寄ってきただけである。
ちょっぴりビリッとしたが、攻撃でもなんでもない。
いつものタイガーがそこにいたのだ。
結局、タイガーに聞いても「わからない」「ごめんなさい」の一点張りで話にならない。
全員の頭の上に、大量の?を量産しただけのこの事件、ともあれタイガーの存在を不穏に大っ
ぴらにしてしまったのである。
通路の先を調べると、そこには確かにアンドロイドの研究施設ようなものがあった。
マーべリックが、先の事件の準備の拠点にしていたことは間違いないだろう。
だがそこは無人で、あの事件以降、人の出入りがあったようには思えなかった。
やはりタイガーを含め、全てのアンドロイドはあの技術者一人で作っていたようだ。
もちろんタイガーのマスターも彼だと予想される。
そして、あの命令の主も。
事件は失敗に終わったが、マスター死亡により命令変更もされず、タイガーは来るはずのない
出番を待っていた。
研究施設の電源は、ジャッジメントタワーから秘密の回線で繋がっていたので(有り体に言え
ば盗んでいた)女神の修復の際の電源の復旧に伴って、当然、内部に繋がれていた電源が入った。
全てが再起動の動作を取ったため、タイガーの起動が為されてしまったのだ。
誰もいない研究室で、一人起きあがったアンドロイドはすでに意味のなくなった命令を実行す
るべく行動を開始した。
そう、始めて会ったあの日、虎徹暗殺のために彼は来たのだ。
なにがマスターの命令を塗り替えたのか、それは斎藤が触れたブラックボックスの中に秘密が
あるらしい。
「ブラックボックス?」
『まあ、要はわからない部分ってことだね』
虎徹とバーナビー、椅子に大人しく座ったタイガー、そして斎藤が輪になって座っていた。
ここは、アポロンメディアヒーロースーツの開発部の一室である。
モニターには、タイガーの内部構造を示す画面が映されている。
『前回、これに不用意に干渉したせいで命令に混乱をきたしたんだろうね。それで、マスターの
元へ帰ろうとしたんだと思う』
斎藤は、これ以上マスター登録付近のプログラムには触れない方がいいと判断した。
これはロトアンヌさえ弄れなかった、おそらく始めからあったブラックボックスに違いないと
のことだった。
バーナビーの両親が、外せないように雛型に組みこんであった繊細な部分。
それは感情育成にまつわる、人間で言うところの心にあたる部分らしい。
「心…、を?」
バーナビーが、どこか呆然として呟いた。
『そう、起動するかどうかは運任せみたいだね。そしてこれが作動するとマスター機能がロック
される。もう誰にも、彼を操作することはできなくなるってことらしい』
「ん?じゃ、タイガーは心を持ったってこと?」
虎徹が、タイガーを見ながら不思議そうに聞いた。
『さっきからそう言ってるでしょ?もう彼の内部を弄ることはできないって。つまり、その回路
は作動してるってことだよ』
「だけど……、オレの命令聞いてたよね?」
タイガーは相変わらず話を聞いているのか聞いてないのか、じっと虎徹を見ていた。
『命令だから従ってたわけじゃないってことだよ。心を持つってことは、すなわち誰かの為に何
かをしたいとか、誰かの喜ぶことをしたいっていうことだよね』
「そうか。虎徹さんの喜ぶ顔を見たいとか…ただそれだけだったんだ」
納得したように、バーナビーがタイガーを顧みた。
まるで視線を感じたようにタイガーは視線を巡らせて、何度か瞬きをした。
その仕草は、まさに人間そのものである。
『そういうこと、つまり心を持つきっかけは、恋とか友情とかそういう愛情が芽生えることによ
って為るわけだ』
虎徹と会った時、その奇跡は起こったのだ。
そして先日、エラーによりマスターの命令に囚われた時も、虎徹との再会によって心が蘇った
というわけである。
それがあの電流に撃たれたような衝撃の正体であった。
正式報告では、虎徹がマスター登録されているということにして上層部を納得させた。
それこそアンドロイドの心より、よほど貧相な心しか持ち合わせていなさそうな彼らに、一途
に想う人の心のことなど説いても、それこそ馬の耳に念仏だろう。
ただアンドロイドである以上、メンテナンスや不具合の調査などに斎藤の力を借りたい時もあ
るが、彼はあくまでアポロンメディア所属の技術者だ。そこで――
紆余曲折ののち、シュテルンビルトの平和維持に協力させるということで、アポロンメディア
が雇った新たなヒーローとして、彼は登録されたのである。
新しいヒーロースーツも斎藤さんに作ってもらった。
ワイルドタイガーと色違いのお揃いである。
タイガーの扱いは2部だったが、主に虎徹の補佐なので関わる事件は一部のものだ。
全てが謎の秘密めいた存在で、ワイルドタイガーとのクリソツ双子説やらで、なにかと話題を
生んでスポンサーにも文句をいわせない人気ぶりと、また能力減退の虎徹を補佐することにより、
結果、メインの2人のポイントもうなぎ昇りというおまけつきで、雇ったアポロンメディアとし
てもいいことずくめだった。
奇しくも、ロトアンヌやマーべリックが掲げていたアンドロイドのヒーローの誕生である。
むろん彼がアンドロイドであることは公開されていなかったし、彼がヒーローたりえるのはや
はり、心を持っているからに他ならないのだ。
そして、今夜もヒーローTVを賑わすのは二人のバディヒーローの活躍と、たまにやらかすワ
イルドタイガーの失敗を補佐する謎の一人のヒーローの動向である。
そして能力が切れて落下するワイルドタイガーをどっちが受け止めるか、最近の注目点はもっ
ぱらそんなところに集中するのだった。
アンドロイドの制作に関わった重要人物であるバーナビーの両親と、ロトアンヌが亡くなった
今、今後タイガーと同等のアンドロイドが現れることは当分ないだろうと斎藤は言った。
ある意味タイガーは唯一無二の存在といえた。
今日も摩天楼の光の中、ハンドレットパワーで犯人を追うバディの後ろを、影のようにつき従
う彼のヒーロースーツが赤い軌跡を夜空に残していく。
「あ、だめだ。オレ、切れるっ。バニー、行ってくれ」
手を組んで、虎徹が最後の力でバーナビーを上に飛ばそうと準備する。
「はい。ではタイガー、虎徹さんを頼みますよ」
虎徹の腕の力で、反動をつけたバーナビーが一気に犯人へと迫った。
能力が切れた虎徹を、なんなくタイガーがキャッチする。
「サンキュー、タイガー。たぶん、追いついたとは思うが、一応バニーを追う」
「ワカッタ、ハンニン、…オウ」
最近では語彙も増えて、会話もだいぶできるようになったように思う。
虎徹は嬉しそうに笑って、タイガーの肩を叩いた。
虎徹はワイヤーを使いつつ器用にビルの谷間を抜けていき、その横に従うようにタイガーがま
だ慣れないワイヤー捌きで後を追う。
彼がこれからどう成長していくか、それを導くのはたぶん心を貰った相手、虎徹が鍵を握って
いるのだろう。
けれど、それはまた別のお話。
今はまだ発展途上の心で、ひたすら虎徹の真似をしてみるヒーロー見習いなのであった。
HPTOPへ