
エビマヨ親子2
なんの因果か自分と同じ姿形をしたアンドロイドが我が家に住み着いた。
しかも、どういうわけかひどく懐かれた。
当初、会社にまでついてきたらどうしようと案じたが、玄関先で「ここまで」と留めると素直
に言うことをきいた。
どうやら、言葉の「本気」を見抜くことができるらしい。
人が食べているのを欲しがったり、部屋中ついてくるのをダメと叱っても、すこし間があくと
また同じことで怒られる。
けれど会社から帰ってくると、偽虎徹は朝の言った場所にぽつねんと佇んでいたのだ。
朝からずっとそこに立っていたのかと、虎徹はちょっと心配になったくらいだ。
虎徹が眠っている時はどうしているのかとこっそり伺ってみると、どうやら偽虎徹も目をつぶ
っているようだった。
ベットのすぐ横の床に、片足を投げ出すように座って、曲げた膝に額をのせるような恰好をし
ている。
もちろん寝てるわけではなく待機モードになったという感じである。
そういえば、初めて見た時もあの恰好をしていた。
なるほど、まるで仮眠をとっている人間のようだった。
「ほんとによくできてるよなあ」
思わずそう呟くと、偽虎徹はすぐさまぱちっと目をあけて、なに?っという顔で見上げてくる。
なんというか自然に笑みが浮かぶ。
そんなこんなで、奇妙な同居人との暮らしは一週間になろうとしていた。
最近、虎徹さんの様子がおかしい。
というか、自宅に帰ったあの日から一度も泊りに来ていないのだ。
恋人同士になってから、こんなこと一度だってなかった。
ま、まさか浮気?
そんなばかな。とは思ったが、どう見てもこの数日の挙動がおかしかった。
さすがにヒーローの出動があるときは集中しているが、会社で書類整理している時など完全に
上の空だった。
「虎徹さん、今日も来ないんですか?」
退社する際、たまらず声をかけた。
今まで我慢していたが限界である。
「あ、ごめんバニー。ちょっとしばらく都合が悪いかも」
ある意味、想像通りの返答が返ってきた。
「……そうですか、わかりました」
「ほんとごめんな」
片目をつぶって手を合わせる虎徹に、バーナビーは「いいえ」とにっこり笑った。
けれどバーナビーのメガネの奥が、一瞬キラーンと光ったことを虎徹は知らない。
いいですよ、貴方がその気なら僕にも考えがあります。
虎徹の自宅はチェック済みだった。
先回りしたバーナビーは、アパートの斜め前の路地の隙間に身を隠して虎徹が来るのを待った。
なんだか自分でもひどく情けない気もするのだが、背に腹は代えられない。
ほどなく虎徹が歩いてくると、階段の横にささっと移動して様子を伺う。
すると、一人暮らしの筈の虎徹が鍵を出さずにインターフォンを押したのだ。
やはり!浮気??
思わず涙が出そうになったが、すぐには飛びださず相手の顔を拝んでやろうと身構えた。
そして玄関が開いて、そこに立っていたのは――
メガネが割れるかと思った。
いや、それくらいの衝撃を受けたのだ。
バーナビーは隠れていたことも忘れて、ゆらりと立ち上がる。
「ただいま、大人しくしてたか?」
それに気がついてない虎徹は、その人物に話しかけた。
ちょっと顔がデレているのは気のせいか?
こくり、と頷いたソレが、ふと気がついたようにこちらを見る。
ばっちり視線が合った。
しかし、衝撃さめやらないバーナビーはなんの反応も出来ず呆然と立ち尽くしていた。
そこで初めて虎徹は、出迎えた相手の視線が横に逸れていることを訝しんで振り向く。
「っっっ!?」
まさに三人三様で固まった。
「虎徹さん、これは一体……」
ようやくバーナビーが口を開く。
次の瞬間、はっと気がついたように虎徹が慌ててバーナビーを自宅に引き入れると扉を閉めた。
バーナビーは有名人すぎるし、ここは天下の往来から丸見えだ。
「な…、なんでお前がここに?!」
なんとか騒ぎになるのを防げたが、虎徹はバーナビーの襟首を掴んで詰め寄った。
「それよりも、なんなんですかコレ」
その手をぺんっと邪険に払うと、聞きたいのはこっちだとばかりにムスッとした。
バーナビーの指さす先には偽虎徹が、なんの表情も浮かべずに黙って立っていた。
「コレはないだろう?ほら、お前も突っ立ってないで奥へ行け、狭いっ」
さほど広くない玄関に、なにが楽しくて男三人がすし詰めになっているのか。
虎徹は大きなため息をついて、バーナビーの言うところのコレの背を押すようにリビングへと
移動した。
「ほら、バニーも来い」
お世辞でも片付いているとは言い難いリビングに通されて、勧められるままにソファーに座っ
たが、バーナビーはすぐに立ちあがった。
「説明してください、一体なんなんですか?!」
「落ち着けって…、まあ実際、オレもお前に説明できるほど何も分かってない」
ソファーはひとつしかないらしく、段ボールの隙間に埋もれていた大きなクッションを取り出
してきた虎徹は、ちょっと困ったように手を振ってロフトにつづく階段に腰かけた。
当たり前のように後ろをついてきた偽虎徹にクッションを手渡すと、ぐいぐいと階段に押しつ
けるように近づけてからちょこんとそこに正座した。
そして場所が決まると、すぐに上を見上げてその視線は虎徹を追う。
それにしてもよく似ている。
どうみても虎徹そのままの容姿で、姿形もほぼ一緒。
服装も、色合いが少し違うもののお揃いである。
強いて言うなら、本物よりやや若い気はするが……
「わからないって、なんですかそれは」
徹底的に違うのは、その瞳。
ガラス玉のような感情の乗らない赤い瞳と、虎徹の表情が全部でてしまう琥珀の瞳。
「だって、ソレ貴方そのままじゃないですか?双子でもいたっていうんですか?」
「いるわけないだろ、…それにコイツは人間じゃない」
バーナビーが言葉を失った。
虎徹はどう説明しようかと悩んでいる風だったが、やがて考えるのを諦めたように口を開いた。
「例の事件関係のアンドロイドだと、思う」
バーナビーの脳裏にも、以前見た偽タイガーが浮かんだんだろう。
力が抜けたように、ふたたびソファーに座った。
「まさかあの時の?でも、あれは…」
「そうだ、あれはスーツ姿のオレを模して作られていた…、中身が適当だったしな」
「貴方の姿を模したアンドロイドもあったと?」
「……わからない、でも、あの時もし楓がいなければオレは殺人犯として捕らえられてた。そう
なると、正体を明かしていないという設定とはいえ、いずれは生身のワイルドタイガーも必要に
なるだろ?」
「ああ、なるほど…、ありえますね」
バーナビーは、妙に納得したように頷いた。
実際、マーべリックはバーナビーを20年に渡って用意周到に騙してきた。
今回の事も、先の先まで考えていたとしても不思議じゃない。
「じゃあ、これは用意されたものの使われなかったアンドロイドということですか?でも…、な
ぜ今ごろ」
「そんなことまで知るか。ただ、オレもこの一週間ちょっと考えてみたんだよ。いろいろな」
心底、感心したようにバーナビーが頷いた。
「貴方にしては核心をついていると思います」
「オレにしてははよけいだ」
「それにしても…、」
バーナビーは不愉快そうな顔を隠しもせずに、虎徹を睨みつけた。
「また貴方は一人で抱え込んで、どうして相談してくれなかったんですか?」
「え?ああ……そうか、気がつかなかった。とにかく、外に漏らしてコイツが廃棄とかになった
らどうしようとか、そのことで頭がいっぱいで」
どうやら本当に他意はなったようだ。情けない顔になって申し訳なさそうに笑った。
まったくもう、なんでこう何に対しても一直線なんだろう。
もっぱら空回るその情熱はある意味愛すべきものでもあるが、時に滑って大怪我をするのだと
なぜ学習しないのか。
このアンドロイドがもし危険なものだったら、万が一にもヒーローを狙った暗殺用のアンドロ
イドだったら、下手をしたら殺されていたかもしれないのに。
「まあ、貴方らしいですよ。本当にお人好しですね」
「え、褒められてる?」
「ぜんぜんほめてませんっ!浅慮だといってるんです」
「そ、そうだね、…」
相変わらず手厳しい後輩がガミガミ言うのは虎徹を心配してのことだ。
最近ではちょっぴり天の邪鬼の真意が読めるようになってきた虎徹である。
とりあえず話もひと段落したので、虎徹が「何か飲むか?」と声をかけて立ち上がった。
すると偽虎徹も同じように立ちあがった。
手伝いでもするのかと思ったら、ただ虎徹のうしろをついて回っているだけのようだ。
「こらこら邪魔すんな。なんだよさっきから、いつもよりべったりだな?」
「ジャ、マ?チガウ、…ダレ?…」
もともと無口だが、今日はなぜか全然しゃべらないと思ったら、どうやらバーナビーを警戒し
ていたようだ。
ガラス玉のような赤い瞳が、すこし不安そうに見えるのは虎徹の欲目だろうか?
「バニーのことか?そっか、オレ以外に会うのは初めてか?」
かわいくてしかたがないとばかりに、頭をぐりぐりしている。
その様子を、バーナビーは複雑な思いで見詰めていた。
虎徹さんが二人でいちゃいちゃしてるのを見るのは、ちょっぴり背徳的な気がして楽しい…、
いやいや、そうじゃなくてっ!慌てて自分の思考を排除して、バーナビーはおじさんに懐き過ぎ
な偽虎徹をぐっと腹に力をいれて睨んだ。
油断をするとデレそうになって…、いやいや、そうじゃないっ!
コーヒーを二人分、手にもって虎徹はリビングに帰ってきた。
「おまえ、なに怖い顔してんの?」
「してません」
バーナビーがプイッと顔をそむけたが、虎徹は気にせず偽虎徹を前に押し出した。
「ほら、タイガー、こいつは相棒のバニーだ」
「バニーじゃないっ、バーナビーです!最初から変なあだ名で紹介しないでください」
常に虎徹に向けられている赤い瞳が、促されるままにバーナビーを見た。
「ダレ?…、バニー……」
「っっ!?」
たどたどしい口調で、若い虎徹さんがバニー呼ばわりっ!
バーナビーは心のなかで身を捩った。やばいっ、ダメすぎる。なにを喜んでるんだ!
「ほ、ほらっ!バニーで定着しちゃったらどうするんですか!」
バーナビーは心の動揺を隠すようにすごい剣幕で怒った。
虎徹は笑うばかりでまったく気にしたふうもなく、さっさと座ってコーヒーを飲んでいる。
「……そういえば、いまタイガーって呼んでました?」
なんとか落ち着いたバーナビーが、ふと気がついて質問した。
「ああ、いつまでも名無しじゃ困ると思ったんだけど、こいつどんな名前つけても反応しないん
だよ。で、タイガーならどうかと思ったら、ビンゴ」
「そうですか」
少しぬるくなったコーヒーに、バーナビーはようやく手をつけた。
すると、それまで虎徹から視線を逸らさず黙って座っていたタイガーが、なんの前触れもなく
すいっと身体を起こした。
何事かと見ていると、いきなり虎徹のカップを持つ手を引き寄せて、それに口をつけようとし
たのだ。
「あ、こらっ、ダメだって言っただろう?また大変なことになるぞ」
その様子を見ていたバーナビーが、驚いたように碧の瞳を瞬いた。
「食べたり飲んだりするんですか?」
「え?……、ああコレ?いや真似するだけだ。最近はあまりしなかったんだけど、たまに思い出
したように真似するんで、焦るけど」
苦笑しながら腕を持ち上げる虎徹に、タイガーがそれを追いかけるように腕を絡ませた。
二人の胸がすり寄るように密着して、至近距離に迫った顔が今にもくっつきそうだ。
お互いのネクタイの飾りが、触れ合うたびに微かな音をたてている。
……なんか。
はっ、鼻血が出そう――
とっさに顔を手で押さえて、目を逸らした。りっ、理性が……
「ん?おまえ、なんか変な顔してねーか?」
「っ!!…、変な顔にもなります」
バーナビーは、いろんな意味の堪忍袋の緒が切れそうになった。
「貴方が僕の家に泊りに来なくなって、いったい何日経つとおもってるんですか?」
「はあ?何の関係が……えっ、いまバニーちゃん不埒なこと考えてる?」
コーヒーカップを死守しつつ、ぐいーっと偽虎徹の顔を押さえて引き離しながら、虎徹は呆れ
たような顔になった。
バーナビーはおもむろに立ち上がると、偽虎徹を押しのけるために中腰になっているおじさん
の手首を掴み、いきなり床に引き倒した。
少し中身の入ったカップが、コーヒーをこぼしながら床を転がる。
しこたま床で頭を打った虎徹は、思わず痛いっとわめいてバーナビーの腕の中から逃げようと
身体を捩った。
「ちょっと待って!な、なんでその気になっちゃったの?いや、まずいって…、」
「なんで?わからない方がどうかしてます。まずいってなにがですか?もう止まりませんけど」
ぎゃいぎゃい煩いおじさんの口を無理やり塞いだ。
「こらっ!ダメ、バニー…まじで、んっ…!」
腕に血管が浮くほど虎徹が本気で抵抗してきたことが、かえってバーナビーを煽った。
床に押し付けた身体を、己の体重をかけて組み敷いて完全に動きを封じた。
はっきり言って筋力も体格もバーナビーの方が若干上である。
本気で押さえつけられたら、殴り合いでもしなければ逃れることはできない。
「ん…、んあッ、離せ…イタッ」
指の食い込んだ肩が、本気で痛くて一瞬ビクッと虎徹の身体が仰け反る。
すると――、
バーナビーの身体が、次の瞬間にはすごい勢いで宙を舞った。
「えっ?!…っ」
間髪入れず受け身を取って体勢をくずしつつも辛うじて着地した。普通の人間ならば壁に叩き
つけられて怪我をしていただろう。
「あ!?こらっ、タイガーッ!だ、大丈夫か、バニ……う?!」
バーナビーは何が起こったかわからず、それでも頭を振ってなんとか虎徹の声が聞こえた方を
振り向いた。
刹那、顎が外れるほど驚いた。
今まさに、虎徹がタイガーに組み敷かれていたのだ。
かろうじて拘束されてない右手で、タイガーの顎を押しのけながら必死に応戦している。
こ、虎徹さんが、ちょっぴり若い虎徹さんに、襲われて……っ!
バーナビーは、不覚にもその光景にくぎ付けになってしまった。
暴れる虎徹をじーっと見つめていたタイガーが、なにを思ったのか唯一抵抗するその腕をやん
わり掴んだ。
えっ?!と、虎徹とバーナビーが目を見開く。と――、
がつんっというすごい音と、虎徹の「あぐっ!!」という悲鳴が重なった。
掴まれた手首を振り払って、虎徹はぶつかった口を押さえてぷるぷる震えた。
相当痛かったのか、涙目でタイガーを見上げたまましばらく言葉もない。
なにをしたかったのか、もしかしたらバーナビーを真似てキスのつもりだったのかも知れない。
「?…ナ、ゼ」
無表情のまま不思議そうに首を傾げたタイガーは、けれど僅かに揺れる瞳の奥でなにかを考え
ているようにも見えた。
すると、今度はアーンと口を開けていきなり被さってきた。
「ぎゃー、痛い痛いっ!なんで噛んでるの、やめっ」
がじがじと虎徹の口を覆い隠す手を噛んで退けさせると、頭突きをされて赤くなった唇を今度
はぺろりっと舐め上げる。
「うぎゃっ、タイガー!ストップ、ストップ……」
なんかもうワケがわからなかったが、虎徹はじたばたとおもいっきり暴れた。
たぶん力の限り抵抗しているのだろうけれど、上にのしかかるタイガーはびくともしない。
先ほどバーナビーを軽々投げ飛ばしたこといい、もしかしたらシスと同じくらいの力があるの
かもしれない。
すっかり唖然として硬直していたバーナビーは、はっと気がついて虎徹を助けようとタイガー
に掴みかかろうとした。
けれど、それを止めたのはなんと虎徹だった。
「虎徹さん?」
手を伸ばして、バーナビーを制している。
こういう時なんだっけ…とか呟いて、ふと思い出したように思わず叫んだ。
「えーとっ、えっと、タ、タイガー…ッ!おすわりっ!!」
すると、さっきまで何をやってもびくともしなかったタイガーが、むくりと起きあがって虎徹
の前にちょこんと正座した。
「うーっ……あたた、ひどい目にあった」
床の上にやっとの思いで起きあがった虎徹が、打ちつけた後頭部と齧られた手のひらをスリス
リ撫でている。
「い、いったいなにが?」
バーナビーは、急に借りてきた猫のようにシュンと座り込んだタイガーを呆然と見た。
「ナオス…、ゴメンナサイ、イタイ」
どうやら舐めれば、痛いのが治ると思ったらしい。
たぶん虎徹が、いつだったか傷を舐めるのを見てい学習したのかもしれない。
見るからにシュンと萎びたタイガーの頭を、虎徹は優しくなでた。
「基本的にコイツ、命令には逆らわないんだよ」
イレギュラーはあるけどな、と苦笑する。
「……さっき、僕のこと止めましたよね」
「え、ああ、あれな。お前も見ただろ、こいつたぶん能力は戦闘アンドロイドと変わらないと思
う、シスや、偽タイガー並みのな。ただむやみに攻撃してこないし、人を傷つけないセーフティ
は生きてると思うんだ。実際、さっきのだってこいつが本気だったら、お前アパートの壁ブチ抜
いて飛んでったとおもうしな」
止めたのは念のためだ、と陽気に笑う。
「それはさておき、さっきのあれはなんですか?」
「ん?あれって」
「あの偽虎徹さん、貴方にキスっ!…キスしてましたよね」
偽虎徹さんって…、と虎徹は思わず苦笑した。
「キスじゃなくて頭突きだと思うが…、でも、あれはお前が悪いんだぞ」
「はっ?なんでぼくがっ」
「あいつはなんでも真似るって言っただろ。だから止めたのに、ダメだって」
確かに、いやに抵抗すると思ったらそういうことか。しかし、まさかそんなことまで真似ると
は思いもしないではないか。
って、ちょっとまって、それってもしや。
「虎徹さん……」
「なに?」
「タイガー、ちょっと剥いてもいいですか?」
コーヒーを片付けようとしていてた虎徹が、危うくカップを取り落としそうになる。いつもの
ように横に付いていたタイガーが、その手を支えてなんとか事なきを得た。
「な、なにをっ?なんでそんな!?」
「いや、確かめたいことがあって……」
「ダ、ダメに決ってるだろ!なに、いきなり人を剥こうとしてんだ」
カップをシンクに放りこんで、まるで偽虎徹を守るようにバーナビーから隠した。
抱き寄せる虎徹を、タイガーは相変わらず逸らさない赤い瞳で見つめている。どこもかしこも
艶めかしく密着して、バーナビーのいい加減穿った目には大層な毒であった。
くッ……絵になり過ぎて、怖い。
「確認しないと、安心できません!」
「いったい何を言ってるんだ、なにが不安だって?」
「セクサロイドかどうか、確認したいんです」
「は?セク…なんだって?」
そう、いくら虎徹の恰好をしていようと、あれは別人?なのだ。万が一にも寝とられるような
ことがあってはならない。
バーナビーの余計な心配は、底を知らない。
「セクサロイドです、セックスができるアンドロイドのことですよ」
「なっ、なななにを言ってっ!?そんなもんどうだっていいだろうが」
バーナビーは、強引にタイガーのネクタイに手をかけようとした。
「いいわけないでしょう、貴方が襲われでもしたら大変です」
「襲われるか!だいたい、こいつの前で、お前が不埒な真似しなきゃ大丈夫だろうが」
負けじと虎徹も、タイガーを全身で守っている。当の本人は、無表情のまま相変わらず虎徹の
動作を追っていた。
「じゃあ、わかりました。貴方が脱いでください」
「なんでじゃっ!?おまえいい加減にしろよ」
真似をするならそれが手っ取り早いとも思ったのだが、なんだかひどく怒らせてしまった。バ
リバリ警戒モードに入った虎徹が、もはや難攻不落の頑固さでバーナビーを追い出しにかかった。
「明日も仕事なんだから、今日はもう帰れっ」
「えっ?ちょっと、今から帰れっていうんですか」
時間はもう深夜だ、すっかりお泊まりする気でいたバーナビーは愕然となった。
「一緒の部屋にいて、寝るだけですむか?おまえ」
「え、それは…、でも虎徹さん!」
言い募るバーナビーを玄関先まで押しだしていって、タイガーが追いつく前に早口でそっと耳
打ちした。
「今日は帰れ、その代わり明日はそっちに泊るから…な、それならいいだろ?」
心なしか頬を染めて耳元でそう囁かれては、バーナビーはとっさに頷かざるを得なかった。
一瞬怯んだ隙をついて、虎徹はさっさとバーナビーを追いだした。
「おやすみ」
と優しく言われて、けれど無情の扉は容赦の欠片もなくあっけなく目の前で閉まった。
結局、言いくるめられるように追いだされたバーナビーは深くため息をつく。
なんだか仲間外れみたいで、ちょっぴり悲しかった。
肩を落としたまますっかり夜の更けた空の下、とぼとぼと歩帰宅の途についた。
いずれにしても、あのタイガーがどこから来たのかは気になるところだ。
本当に事件性はないのか、いろいろ調べてみる必要もあるだろう。
明日会社に行ったら、虎徹さんとも相談して、誰か信頼のおける人に協力してもらった方がい
いかもしれない。
おじさんさえ目の前にいなければ、本来とても理性的な男である。
バーナビーは冷静になると、今後の事をつらつら考え始めた。
バーナビーの大切なおじさんのために。
そして、おじさんは譲れないけれど、あのちょっぴり若い虎徹のためにも。
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