エビマヨ親子1
あの大事件から半年、バーナビー復活後バディヒーローとしての活躍を重ねた二人は、わりと
早い時期に一軍に返り咲いていた。
初めは能力の消失もありうるタイガーの一軍復帰に難色を示した上層部も、バーナビーがバデ
ィ扱いで二人一緒でないと一軍には上がらないと譲らなかったので納得せざるを得なかったのだ。
それに実際、ハンドレットパワーの持続時間は短くなったとはいえ、虎徹もバーナビーとのコ
ンビプレーでなら、それなりの成果をあげることができていた。
バーナビーにおんぶにだっこのこの待遇が、あまり気に入らない虎徹だったがバディで活動す
るという点においてはなんら不満はない。
虎徹としてもバーナビーを二軍でくすぶらせておくのは忍びなかったのも事実だ。
そして復帰して一週間、今日は事件がなかったので珍しく少し早い帰宅となった。
普段ならバーナビーの家に転がり込むところだが、一軍復帰以来忙しくて一度も自宅に帰って
なかったので、今日は会社から別れて自宅へと直行することにした。
バーナビーはひどく残念がってついてこようとしたが、虎徹が断固辞退してもらった。
なにしろ部屋が、他人を呼べる状態じゃなない。
この一年、あまり部屋に居付かなかったせいか、倉庫のようなありさまなのだ。
それに一週間帰ってないとなると、もはやどうなっているか想像できない。
バイクを駐輪場に置いて、虎徹はアパートメントへ向かった。バーナビー宅周辺と違って、す
こし下町のような雰囲気の表通りを自宅の方へ歩いて行くと、ふと、目の端に何かが写った。
「ん?なんだ」
なにか人の足のようなものが、建物の横から伸びていた。
建物の狭間のほんの一メートルほどしかない細い路地、そこから膝の下だけが覗いていた。
ま、まさか死体とかじゃないだろうな?
治安の悪いシュテルンビルトで、さらにちょっと中央から外れたこの辺りの地区はさらに治安
が安定していない。
虎徹が住んでいるアパートは、その中ではかなりましな方だが、それでもケンカやいざこざの
多い地区には変わりなく、けが人が転がっていることもままある。
さすがにあまり死体は転がってないが。
虎徹は自宅を通り過ぎ、足の飛び出ている路地の方へ歩いていった。
ちょっぴりビビリながらも、そろそろと覗き込む。
ヒーローとしても人としても放っておくわけにはいかなかった。
けが人ならば救急車を、死体ならば然るべく通報しなければならないのだ。
回り込んで正面に立った虎徹は、その姿をみて思わず凍りついたように立ちつくした。
そこには、無駄のないすらりとした体躯を片膝を立てて折り曲げている青年の姿があった。
見えていたのは、伸ばした方の足だった。
俯き加減の顔はよく見えないが、その背格好に見覚えがあった。
服装までもほぼ一緒だったのだから間違いようもない。
そこには虎徹と瓜二つの人形がまるで打ち捨てられたようにうずくまっていたのだ。
「……おいおい、なんだよこれ」
動けないでいると、なんの前触れもな唐突に人形の目が開いた。
思わずビクッと後ずさったが、虎徹は目が離せなかった。
ゆっくりと顔を上げると、そこにはまるで鏡写しの様な顔があった。
「オレ、なのか?」
ごくり、と息を飲んだ。
すっと焦点があうように虎徹の瞳と視線が重なった。
暗闇に赤く光る瞳――
その瞬間、雷に打たれたように二人は身体を硬直させた。
冗談抜きで、静電気の様な軽い電流が身体の中心を貫いたような気がした。
思わず膝をついた虎徹だったが、逆に人形の方はゆらりと立ち上がった。
意思の感じられない無感動な赤い瞳が、まっすぐに虎徹を見下ろす。
やばい、早く立ち上がらないと……
ほとんど無防備な自分の姿勢に背筋を凍らせつつ、虎徹は力の入らない膝に渇を入れてなんと
か立ち上がった。
それでも、足は地面に張り付いたようにびくとも動かない。
人形がおもむろに数歩前に進んだ。
もう至近距離とかそんな甘いものではない、ほとんど息がかかりそうな位置に人形が立つ。
背もほぼ一緒らしく、視線が同じ位置にあった。
ガラス玉のような赤い瞳が、瞬きもせずに虎徹を見詰めた。
「コ、コテ……、ツ」
ふいに人形が喋った。
魔法にかかったように動けなかった虎徹は、その一言で呪縛から放たれた。
やっと息ができたかのように大きく息を吐く。
「虎徹はオレだ、お前はなんだ」
「コテツ…、オレ、オマエナニ」
「は?なに?お前、なんなの…」
「オマエ、……ナニ?オマエ…ワカラナイ」
なんだか、へんな気分だ、自分と瓜二つの人物が、片言で喋っている。
虎徹の名が出てきたということは、間違いなくこの人形が自分を模して造られたものだという
ことはわかる。
ふと、虎徹に記憶がよみがえる。
この人形のような仕草に、片言の言葉……
あのシスというアンドロイドに似てないか?
そして自分を模した偽物とくればあの事件のときの偽タイガーしか思い浮かばない。
そういえばあの事件のときオレの偽物たくさんいたけど……
でもあれは、スーツの中身はなんか恐ろしく手抜きだったような。
気味が悪くらいそっくりなアンドロイドを目の前に、虎徹はどうしたものかと悩んだ。
そこまできて、虎徹はさっきから通行人の注目を浴びているのに気がついた。
やべ、これってすごい変な構図だよな。
虎徹は取りあえず、すぐにも攻撃してくるわけではなさそうな人形の手を取った。
さっきまでピクリとも感情を現さなかった赤い瞳が、その一瞬、意思の様なものを揺らめかせ
たが、周りの目に気を取られていた虎徹は気がつかなかった。
抵抗されるかとも思ったが、手を引くと偽虎徹はあっさりついてくる。
思わず気が抜けたが、とりあえず今はこの場から離れるのが先決である。
虎徹は急ぎ足で自宅への階段を上った。
さて、困った。
荷物の詰まった段ボールの上に座らせた偽虎徹を、どうしたものかと見下ろした。
相変わらず、赤い瞳は視線を動かしもせずじっと虎徹を見ていた。
「なあ、そんなにオレばっか見て楽しい?」
「タノ、…シイ?」
まるで人間みたいに首を傾げた。
うわ、なんかホントに生きてるみたいだな。
改めてよくみると、虎徹より幾分若い気がした。
この感じは、オレが25くらいかな?そうそう、今のバーナビーくらいの時くらいだ。
何を考えてコレを作った人物が本人より若く作ったは知らないが、なんだか若いころの自分を
見ているようで少し気恥ずかしい。
とにかくここで見つめあっていても不毛なだけだ。
大人しくしてるみたいだし、自分の姿をしているせいかあまり危機感を感じない。
もしあの凶悪に手ごわかった偽タイガーと同じ強さならとんでもないことだが、不思議とこの
偽虎徹からはあの時感じたような圧迫感のようなものがない。
もしかして、こいつは戦闘タイプじゃないのか?
取り敢えずいまのところ危害を加えるつもりはないようだし、いつまでもこんなところで佇ん
でてもしかたないか……
そう思って虎徹が踵を返してキッチンへと向かった瞬間、偽虎徹はスックと立ち上がった。
一瞬驚いたが、どうやら後をついてきたようだ。
「え、なについてくんの?お前、飯とか食うわけ?」
「オマ、エ、メシ…」
「そう、食うの?」
「クウ…ノ?ワカラナイ」
会話にならない。
取り敢えず、ついてきたいなら勝手にすればいいと開き直って、虎徹はキッチンでさっと作れ
るものを作った。
むろん、チャーハンである。
その間中、偽虎徹はずーと虎徹を目で追い続け、ちょっと離れようとするとテコテコついてきた。
――なんだかな…
思わず苦笑する。
図体はでかいが、なんというか動きがかわいい。
虎徹はこういう父性本能をくすぐられる状況に弱い。
まだ油断したわけではないが、少し様子を見ようと決めた。たぶん上に報告したらすぐにも廃
棄処分されるだろう。
なにしろ、このアンドロイドがあのイカレ技師の手に寄るものであることは間違いないのだ。
けれど生み出されたこと自体には罪はない。
このアンドロイドが人に危害を加えないことがわかれば、もしかしたら廃棄処分は免れるかも
しれない。
だってコイツはまるで生きているようだったから。
物のように、虎徹には扱えなかった。
試しにチャーハンを偽虎徹の口元へ運んでみたが、首を傾げるばかりで食べることはしなかった。
「だわな……」
実際、アンドロイドが食ったら壊れるかもしれないし、無茶なことはしないほうがいいか。
それにしても、なにを動力源で生きているのやら。
虎徹は、チャーハンを今度は自分の口に運んで咀嚼しながらそんなことを考えた。
実際には生きてはいないのだが、もやは虎徹の中ではこのアンドロイドはただの人形ではなく
なっていたのだ。
すると、もぐもぐと動く虎徹の顔をじーっと観察していた偽虎徹が、何を思ったのかいきなり
スプーンに齧りついてきた。
「えっ!?ちょっ…、なに」
慌てた虎徹が皿を落とさないようにテーブルへ置くと、スプーンをくわえた偽虎徹を驚き眼で
見詰めていた。
「ちょっと、食べても大丈夫なの?」
虎徹と同じようにもぐもぐと頬が動く。けれど、食べ物を嚥下するという機能はやはりないら
しくいつまでも咀嚼らしきことをしている。
「やっぱりね……ほら、口から出して、たぶん食べちゃだめだよ」
苦笑して、虎徹はそのアンドロイドの口を開けさせた。
抵抗するかとも思ったが、アーンと虎徹が口をあけるとそれを真似るようにあっさり従った。
口の中から米粒を出してやりながら、我ながらあの科学者のアンドロイドへの執着というか、
こだわりの様なものに感心した。
本当にどこにもぬかりはない。
口の中も、人間そのものだ。シスやあの偽タイガーを見てなかったら、この自分と同じ姿の青
年をアンドロイドとは思わなかっただろう。
本当には呼吸をしていなかったが、よく見ると胸が緩く上下に動いていてまるで本当に生きて
いるようだ。
虎徹は口の中をきれいにしてやると、残りのチャーハンを平らげた。
「いいか、食べ物を口に入れるのは厳禁だ。オレはアンドロイドのこと詳しくないけど、たぶん
お前はすごい精密みたいだからな」
「タベル、ダメ…ゲンキン」
言葉は片言だが、どうやらただの繰り言ではないようだ。
ちゃんと受け答えしている時もあるし、理解もしているように感じる。うまく言葉に乗せられ
ないだけなのかもしれない。
ただ、どうもついて歩くのは止められないらしい。
シャワールームにまでついてきたが、もし水が掛かって壊れでもしたら大変である。脱衣所に
放り出したら、なんとシャワーを浴び終わるまで正坐して待っていたのだ。
なんというか、いじらしい奴めとか思ってしまった。
自分の姿をしているものの幾分年若いということもあり、もはや虎徹にとってこの青年は自分
とは別個の個性と認識してしまったようである。
なぜこのアンドロイドが虎徹にこのように執着するのか。
そして、今になってどうして出現したのか。
なによりなにか目的があるのか、虎徹にはわからなかった。
けれど虎徹にとって、もはや彼は庇護の対象になった。
そう決めてしまったら、もう虎徹に迷いはない。
とにかく、こいつを守れるのは自分しかいない、とか熱い想いに目覚めてしまったのである。
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