
炎の烙印7
翌日、虎徹は予定通り一般病棟に移った。
一般病棟といっても、ヒーロー専用の区画なのでガランとしている。
虎徹の家族は朝一番に面会をすますと、その足で帰っていった。
学校や仕事があるし、命に別状がないということでひとまず安心したからだろう。
母親は残って看護がしたい様子だったが、もともとここは完全看護だったし何より孫の楓を
家に一人残すわけにもいかなかったようだ。
彼らを見送ると、会社へ顔を出すとからと言うロイズと別れ、バーナビーはようやく虎徹と
3日ぶりに直接会うことが叶った。
先程は目を覚ましていたと聞いていたが、部屋に入ると虎徹は眠っていた。
ベットの横に椅子を置いて腰をかける。
ひどく静かだった。
いつもは表情豊かな、その精悍な顔の半分が隠されているだけでなんだかひどく痛々しく、そ
して儚げに映る。
そっと手を伸ばし、指の裏で包帯をなぞる。
顔の火傷はそれほどでもないと言っていた。
ただ、爆発の時に視神経を傷つけたようで、左目はもしかしたら失明するかもしれないと言わ
れていた。
白い包帯の感触と、鼻をつく消毒液の匂い。
彼に似合わないこの二つは、けれど頻繁についてまわった。
ルナティックからバーナビーを庇ったあの時、そしてジェイクの事件の時。
いつも他人の為に、身体に傷を刻む。
ゆっくり頬を滑るように撫で、その指が唇に触った。
いつ噛んだのか、唇の端が少し切れていた。
気道から直接酸素を肺に送っているので、虎徹の唇にはもちろん息吹はない。
普段は健康的な肌も、血の気が引いたように白っぽく、静かに瞼を下ろしたさまはまるで……
バーナビーは小さく首を振った。
ちゃんと胸は上下に静かに動いているではないか。大丈夫……
自分に言い聞かせながらも、込み上げてくるものを押さえることはできなかった。
ポトンと、小さな嗚咽とともに涙がこぼれた。
「虎徹さん……」
ぴくん、とベットの上の指が動く。
一瞬そちらに気を取られて、再び顔を上げると琥珀色の瞳がこちらを見ていた。
「こ、虎徹さん!」
バーナビーが思わず大声をあげると、虎徹は驚いたように何度も瞬きした。
「あ、す…、すみません、大きな声をだして、驚かせてしまって」
慌てふためくバーナビーに虎徹は小さく笑って首を振った。
少し身体を動かそうとしたのか、その拍子に傷が痛んで顔を歪ませる。
「大丈夫ですかっ?まだ動いちゃダメですよ」
痛みをやり過ごしたあと、虎徹は深いため息をついた。やれやれとでも言いたげな表情で、ど
ちらかというと沈痛面持ちのバーナビーとは対照的だった。
そんなバーナビーの表情に気がついたのか、虎徹がちょいちょいと指で手招きした。
不思議そうに首を傾げながらも、顔を近づけると虎徹の右腕があがって、その指がバーナビー
の目尻をそっと拭うような仕草をした。
――なんで泣いてんの?バニーちゃん。
そう聞こえた気がして、静かに瞼を閉じた。
はずみでポトリともう一粒、涙が落ちる。
ゆるゆると動く温かい手のひらが、バーナビーの柔らかい髪をひと撫でして、頬に伝った涙の
跡を追うようにゆっくりなぞっていった。
離れようとするその手のひらを、バーナビーは自分の手のひらで覆った。
縋りつくように虎徹の手のひらに己の頬を押しつける。
「虎徹さん…っ、虎徹さん、虎徹さん」
他に言葉が出てこなかった。
ただバカみたいに名を呼び続けることしかできなかった。
今は、この温もりを感じていたかった。
手のひらに伝う温かい滴を感じながら、虎徹はちょっとだけ驚いた顔をして、すぐに照れ笑い
のような擽ったそうな顔をした。
家族と面会した際、担当医もいて虎徹は己の状態をすでに把握していた。
もしかしたらヒーローとして完全復活できないかもしれないと、少なからず消沈していたのだ。
けれどバーナビーのこんな姿を見て、虎徹が奮起しないはずはなかった。
落ち込んでる場合じゃない。
なんとしても復帰しなくてはっ!
彼の場合、それはストレスになるのではなく、大抵の場合プラスに働く。
バーナビーが落ち着くのを待って、虎徹は掴まれたままの手のひらを邪険にならないように振
り払って、逆にその手をこちらから握った。
「虎徹さん…?」
握られた手は、力が入らないのかほとんど握力を感じなかった。
けれど確かな意思を感じた。
琥珀のような飴色の瞳が、まっすぐに見つめてくる。
音は出なかったが、その唇が「大丈夫」と確かに動いた。
バーナビーはまた涙が出そうになった。
虎徹さんは、折れてない。絶望していない。
体中が痛むだろうに……
声の一つも出せず、下手をすれば視力を失うかもしれないのに。
なんて人なんだろう。
ああ…、
溢れてくるこの想いをどうすればいいのだろうか?
やはり僕はこの人を失えない。
だってこんなにも愛おしい……
涙が出るほどにこの人を求めてやまないのだ。
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