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炎の烙印3

「ボンジュール、ヒーロー」
 いつものアニエスの呼びかけから始まるヒーローのお仕事。
 ある意味ホッとする。
 最近、小さな事件だとロイズが勝手に断ってしまうので(どんなに抗議しても無駄だった)、
今回の事件はかなりの大物なのだろう。
 雑誌のインタビューの最中にかかってきた緊急コール。
 ロイズの元にかかってきた電話も、急を要するものだったんだろう、
「すぐに向かって」と幾分緊張気味の声だった。
 むろん、言われるまでもなく虎徹は現場に急行すべく立ち上がった。
「トランスポーターを現地にお願いします」
 後方でバーナビーの声がして、ロイズがそれに応えて携帯をかけている。
「どうやら花火工場で火事があったらしい」
 バイクに乗り込んで現地に向かう途中、運転をしているバーナビーに代って情報収集していた
虎徹が唸るように言った。
「花火工場……」
「それこそドンパチ騒ぎのようだ」
 もうすぐ花火シーズンまっさかりなのだ。
 どれだけの火薬が工場内にあったのか想像に難くない。
「現地の状況は?他のヒーローはもう到着してるんですか?」
「んーと、ああ、ブルーローズがまだのようだ」
 ヒーローTVのアナウンスを聞きながら、虎徹は「今、ちょうど学校の時間だもんなー」とか
呟いている。
 氷の使い手であるブルーローズの遅れは、火事には命取りだ。
 フットワークのいいスカイハイが救助活動に精を出しているようだが、いかんせん工場は広大
でなにより行く手を阻む炎が厄介だった。
 炎の使い手のファイアーエンブレムだって、別に炎の中で不死身とかいうわけでは決してない。
 しかもいつ爆発するかわからないという状態では、なかなか救助活動も進まない。
 ヒーロースーツを着ているヒーロー達でさえ、こんな状態なのだ。
 もはや一般人にどうこうできるレベルを超えていた。
 消防車は盛んに薬剤入りの放水を繰り返しているが、それこそ焼け石に水状態である。
 こうなると燃え尽きるのを待つというのがセオリーなのだが、なにせ要救助者がまだいると
いうのがネックだった。
 炎に遮られて、逃げられない人々がまだ若干名工場内に取り残されている。
 ロックバイソンが瓦礫をどかしながら、じわじわと進んではいるもののこのままでは要救助者
は焼け死んでしまうだろう。
「くそ、虎徹たちはなにをやってるんだ」
 次々と瓦礫をぶん投げながら、アントニオがぼやく。
 たった5分とはいえ、ハンドレットパワーというのは超人に値する力だ。
 しかも、彼らのスーツは他のヒーローたちにくらべても優秀である。
 彼らが到着すれば、かなり楽になるのは間違いない。
 ドオー…ン!
 そんな時、ひと際大きな爆発があった。
 せっかく避けた瓦礫が、ガラガラと再び行く手をふさいでいく。
「すまん、遅くなった!」
 爆発に押し戻されるようにヒーローたちが後退したとき、虎徹とバーナビーが到着した。
「おせーぞ、虎徹!」
「これでも超特急だったんだよ……で、アニエス状況は?」
 耳の通信回線をオンにすると、いつもと打って変わって沈痛な声が返ってきた。
『最悪よ、情報によるとこの炎の延長線上に最大の火薬庫があるとの情報が入ったわ』
「げっ!マジかよ、そんなことになったら…」
『そう、そんなことになったら要救助者はもちろん救助活動している人たちも危ない。
実際、ヒーロー以外の一般人は撤退を始めたわ、消防隊員も含めてね』
「スカイハイは?ここにはいないようだが」
『彼には、まだ火の回ってない反対側の避難を担当してるわ。火さえ上がってなければ、彼は
上空から避難させれるから』
「で、こっちにも要救助者はいるわけだな」
 スカイハイ以外のヒーローがこちらにいるということは、つまりはこちらのほうが事態はよ
り深刻ということだろう。
『火薬庫のすぐ手前の防火施設に一名。火事ぐらいなら、たぶんそのシェルターにいるほうが
安全なんだけど、
その先の火薬がすべて爆発したらそのシェルターでも耐えられるかどうか』
「……ブルーローズはまだか?」
『ブルーローズが来ても無理よ。これだけの炎を一気に鎮火するなんて無理……』
「あ、ブルーローズきたよ!」
 待機していたホァンが声を上げた。
 しかし、同時に耐火機能が弱いスーツのヒーローに避難勧告が出された。
 せっかく到着したブルーローズだったが、むろん彼女は避難の対象である。
「悪い、ブルーローズ。得意の氷、一撃だけ頼むわ」
「え、どうするつもり?」
「もちろん、この先に進む」
 これには全員が顔色を変えた。
 もう、どうにかできるレベルを超えている。
 たしかにハンドレットパワーをまだ出してない二人は、ある意味最後の希望とも言えたが
はっきりいってイチかバチかといったところだ。
「虎徹さん、見取り図のデータを送ってもらいました。この2区画先です」
 全員に反対されると思っていた虎徹は、びっくりしたように相棒を顧みた。
「なんですか?早くしないと、一分一秒を争いますよ」
「お、おう!」
 さすがはオレの相棒だ!と笑顔全開で答えたら、おじさんは一度言ったらきかないでしょう?
と、いつものすまし顔でスゲなく返された。
 思わずがっくりと肩を落とした虎徹だったが、すぐにブルーローズに合図して炎の行く手に道
を作ってもらった。
 たぶん、逆巻く炎を凍らせるのは一瞬だけだろう。
 だが、ハンドレットパワーを発動した二人なら、くぐりぬけられる。
 ヒーロー全員に避難勧告が発令されるのも時間の問題だった。
 要救助者は防火シェルターにいるのだし、なにしろ人数も一人。
 ヒーロー全員の命を天秤にかけられない。
 一刻も早く救助しなければ、強制退去がかかってしまう。
 誰一人として犠牲を出したくない。
 その一心だけで、虎徹は炎の中を走った。
 マスク越しでも、息を吸うと喉が灼き付きそうだった。
 ふと相棒が気になって隣を見ると、肩を並べて走る赤いスーツ姿があった。
 虎徹の視線に気がついたのか、小さく頷いて寄こした。
 それだけで、不安が勇気に変わるような気がした。
 ヒーロー人生10余年、よもやバディを組んでヒーローをやることになるとは思いもよらなか
ったが、なかなかどうしてこれは思ったより心強い状況だった。
 始めは煩わしかったことだが、今となってはバディを組ませてくれたアポロンメディアの方針
に感謝したいくらいである。
 ともあれ、一気に炎の中を走りぬけた虎徹とバーナビーはなんとか炎の壁を通り抜け、火の勢
いが弱い区画に到着した。
 そして、例のシェルターを挟んで向うの区画が火薬庫だった。
「こちら無事にシェルター前まで到着。なんとかまだ火薬庫までは火は行ってないようだ。
すぐに救助を開始する」
『急いで、ヒーロー全員に避難勧告が出たわ』
「了解。火の勢いがすごくて後退はできそうにない。ハンドレットパワーが切れる前に屋根を突
き破って上空に出る」
 はっきり言って、上空も炎が逆巻いているので安全とは言えなかったが、もはやそれしかない。
 虎徹は通信を終えると、シェルターの内部と話しているバーナビ―の様子を伺った。
 まだ扉は開いてないようだ。
「どうした?早くしないと、火がすぐそこまで来てるぞ」
「爆発の影響で扉が曲がってしまったようで開かないんです」
「中とは連絡取れたか?」
「ええ、無事は無事のようです。ただ、このゆがみのせいで防火機能も低下してるようで、か
なりの熱が入り込んでいるみたいです」
「とにかく開けるぞ」
 このシェルターに防火機能がないとわかった以上、一刻も早くここをこじ開けて救助しなく
てはならない。
そう判断して虎徹とバーナビーは分厚い鋼鉄の扉をゆがみ部分からこじ開けにかかった。
 通常の100倍の力というのは相当なもので、とても動きそうになかった鋼鉄の扉が、ギリ
ギリッと耳をふさぎたくなるような擦れる音を立ててひしゃげ始めた。
「よし、もう少しだ。ふんばれ!」
 そう虎徹がバーナビーに声をかけた時だった。
 パァー……ン。
 と、どこかで小さい破裂音がした。
 一瞬、火薬庫に引火したかと思ってびくっと身をすくませた虎徹だったが、どうやら小さな
火薬への引火だったらしく、もう一回「パーン」と小さく破裂すると炎が爆ぜる音へ変わった。
「あー……ビビった。どうやら、火薬庫への引火じゃなかったようだな。急ごう、バニー」
 外れかかった扉の下を持ち上げて、バーナビーに声をかけたが反応がなかった。
「ん?バニー?そっち持ってくれないと一人じゃ無理……」
 扉の向こう側をはがしにかかっているバーナビーが、すっかり棒立ちになっているのを見咎め
て虎徹が声をかけるが、反応がない。
「バニー!急がないと……え、うわっ」
 バーナビーが手を離した鋼鉄の扉が、事もあろうかその瞬間に枠ごと外れ、その重みを乗せて
まだ扉を持っている虎徹一人振りかかってきた。
 バランスを崩した瞬間、巨大な鋼鉄の塊が一気にのしかかってきた。
「っ!!」
 そしてその振動で危うい状態だった天井の底が崩落し、枠を支えていたコンクリートの柱まで
ドミノ倒しのようにすべて倒れてくる。
 どんだけーーー!!!
 虎徹は心の中で、「神様、ここまでされるほど罰当たりなことした覚えがありません!」と、
妙に冷静に、そして的外れなことを考えていた。

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