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炎の烙印2

 今日も、午前様だった。
「虎徹さん、どうするんですか?帰るんだったら起きてくださいよ」
「む〜…、眠い」
 仕事帰りに、バーナビーのマンションに寄って買ってきた弁当を食べた。
 これは、最近のお決まりコースだ。
 バーナビーは外で一杯ひっかけるとかいうオヤジ臭いことはしないので、虎徹の方がそれに
合わせている。
 実際、虎徹もそんな元気はない。
 とにかく連日、仕事仕事仕事……
 朝から晩まで分刻みでスケジュールが詰まっている。
 バーナビーのマンションのほうが会社に近いので、必然的にそっちになだれ込むという塩梅だ。
 別に一緒に食べる必要もないが、何度か酒を買いこんで飲んだりしているうちに、なんとな
く夕食を一緒に取るようになった。
 たまに虎徹が手料理を披露するのもバーナビーは満更でもなさそうだった。
 そのあと虎徹は自宅に帰るのだが、いかんせん飲んでしまうとこのていたらくというわけだった。

「泊まるにしても、シャワーくらい浴びてください」
 シャワーから出てきたばかりのバーナビーが、タオルで頭を拭きながら虎徹の肩を揺する。
「うー…ん」
 リビングに置いてあるお気に入りのイスに陣取り、まるで子供のように動くもんかと身を捩った。
 今日は少し酒が過ぎたようだ。
 完全に夢うつつである。
 疲れているのか、瞼が小さく痙攣している。
「あなたはすこし頑張りすぎです」
 手を抜けるところでちゃんと手を抜けない虎徹は、この頃めっきりお疲れモードだった。
 何にでも一生懸命で、それが時に空回りぎみになってしまうが、それは彼の短所であり、
また長所であった。
 始めはその愚直さに大抵の人は呆れを覚えるが、やがて彼を知るにつれ、憎めない
そんなひととなりに惚れる。
 人気ならもちろんバーナビーの方がダントツだ。
 だが、それは表面上のこと。
 ヒーロー仲間で集まる時、彼の周りにはいつも人が集まった。
 ブルーローズことカリーナが、虎徹に恋心を抱いているのはほとんど周知の事実である。
 たぶん知らないのは、虎徹本人と、スカイハイことキースくらいである。
 人を惹き付ける何かが彼にはある。
 バーナビーは起こすのを諦め、椅子の横に跪くと虎徹の俯いた顔を覗き込む。
 額にかかる黒髪を、指でサラサラと弄ぶ。
 一見、堅そうに見える髪の、艶々とした感触に驚いて何度か瞳を瞬く。
 そっと、髪を掻きあげた。
 ヒゲだし。
 オジサンなんだけど……
「…虎徹さん」
 囁くような声。
 バーナビーの表情が心なしか緩んでいく。
 髪を触っていた指が、するすると頬を滑り耳のあたりに触れた。
 一瞬ピクンと身じろぎした虎徹に、バーナビーは電流を流されたようにビクッと手をひっこめた。
 そして、しばらくしてもう一度触れようとしたその時。
「おじさん、そんなに見詰められたらテレちゃうんですけど」
 前触れもなく、瞼が上がり琥珀色の瞳とばちっと目があった。
「っわ!す、すみません」
 それこそ身体ごと飛びのいたバーナビーを横目に、虎徹は鼻の頭を掻いて立ち上がる。
「じゃ…、シャワー借りるわ」
「あ、はい、どうぞ」
 背中に視線を感じながらも、虎徹は勝手知ったる他人の家よろしくシャワールームに逃げ込んだ。
 そう、逃げ込んだのだ。
 シャワーのコックを捻りながら、虎徹はひどく困った顔になっていた。
「なんなんだろうな、あの態度」
 実は少し前からこんなことがよくあった。
 まず顔が近い。
 気がつくとすぐ目の前に整った顔が、くっつきそうな至近距離にあることが度々あった。
 それも息が掛かるほど。
 気になると、いろいろ気がつく。
 むろん、嫌なわけではない。
 もともと虎徹は人懐こいところがあり、どちらかというとスキンシップは多めだと思う。
 むしろそれを嫌がるのはバーナビーではないかと思うのだ。
 だからおかしいと感じる。
 そして、あれは数日前のことだ。
 連日の疲れもあって、今日のように酔って寝込んでしまった時。
 ふと目を開けるとバーナビーがちょっとバツの悪そうな、けれど何か言いたそうな顔で虎徹
を覗き込んでいた。
 その頬が、少し赤いような気がして……
 熱めのシャワーを頭から浴びながら、虎徹はその時のことを思い出して無意識に唇を指で触った。
 その時感じた、違和感。
 唇が腫れぼったい感じがしたのだ。
 そしてその感触には、覚えがあった。
「いやいやいや、まさかね……」
 ないない、と頭を振ってシャンプーのポンプを押して、わしわしと髪を洗う。
「あんなイケメンが、何が悲しくてこんなオジサン相手に……」
 自分で言って、思わず赤面してしまう。
「ってか、オレが欲求不満なの?うわ、妄想とかだったら超恥ずかしい」
 全身泡だらけで身もだえする羽目になった虎徹は、鏡に写るそんな自分に突如悲しくなった。
 やめよ、ありえないし。
 ともかく今日は、替えの着替えもなくなったし、一度帰るか。
 そう決意して、早々に身体と腐った妄想を洗い流した虎徹は、すっかり酔いの冷めた頭を
ブンブン振ってシャワールームから出たのだった。

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