
ジャッジメント2
それから幾日かは、何事もなく日常が過ぎていったが、
いつものように四月一日の作ったランチを、
ひまわり、百目鬼とともに三人で囲んでいた時に、それは起こった。
お腹が一杯になり、うららかな日差しの中でふと眠気が襲ってきて、
四月一日が睡魔を振り払おうと首を振った時である。
「あ、あれ?」
ふわっと宙に浮いたような気がして、
慌てて掌を地面に突いた。
――眩暈か?
一瞬のことだったし、さほど気にせず目線を上げると、
なぜか百目鬼が酷く驚いたような顔でこちらを凝視していた。
「百目鬼?」
そのあまりに青褪めた顔に、逆に驚いて四月一日は心配そうに聞いた。
その二人のやり取りに気がついたのか、
ひまわりまでが百目鬼を見つめる。
「どうかしたの?百目鬼くん」
「あ…、いや」
二人に詰め寄られて、はじめてはっとした百目鬼が、
取り繕うように首を振った。
なんだか気にはなったが、
そのすぐ後にチャイムが鳴って慌ててお重をしまって教室へと撤収したので、
結局、百目鬼が何に驚いていたのかわからずしまいになってしまった。
そして、その日の放課後。
四月一日はひまわりではなく百目鬼と帰宅していた。
なぜかわからないが、ひまわりと都合が合うときは百目鬼と、
百目鬼と都合が合うときはひまわりとタイミングが合わないことが多い。
校門のところ会った二人は一緒に歩き出したが、
今日の場合、どう見ても百目鬼が待っていたようにしか思えない。
思えないが、なんだか理由を聞くのも憚られて、
結果、二人は黙々と歩いていた。
「四月一日」
「あ…、え?」
すると唐突に声がかかって、無防備に振り向いた途端――、
眼前が真っ白に閃いた。
「ぎゃっ!眩っ、な、なッ?」
取り乱す四月一日に構わず、
百目鬼は手にした小箱から出てきた紙ぺらを、おもむろにぱたぱたと振っている。
「目、目が…っ!て、このっ…、なにを」
いきりたつ四月一日に、一枚の紙を渡す。
「ん?写真?なんだ、今のフラッシュ?」
手渡されたのは、まだ色が浮き出ていない状態の黒い写真だった。
先程の光は、ポラロイドカメラのフラッシュだったらしい。
「よくこんなレトロな代物あったな〜」
「爺さんのだ」
「遥さんほんとに多趣味だよな」
暗い画面が、だんだん明るくなっていく。
「で、……これがなに?」
「いつからだ?」
百目鬼の台詞が、数日前の会話と重なる。
そのクセ、いつから?
侑子さんの台詞…、なるほど、そういうことだったか。
どこか人事のように、四月一日は納得した。
そこには、びっくり眼で写る自分の頭上から、
身体半分抜け出たもう一人の自分がしっかりと写っていたのである。
「それで、なに?」
百目鬼の額に、びきっと青筋が立った。
だけど今更だから。
心霊写真だろうが、不思議写真だろうがたいして変わりはない。
後でちょっと侑子さんに聞いてみよう、とか思ったくらいで。
確かにこんな写真は初めてだが、
写真を撮ると心霊写真になってしまう四月一日は、めったに写真はとらない。
だから、こんな写真もあるのかもしれないと、
ごく簡単に受け入れてしまったのだ。
「お前、これっ…」
むろん、どうみても非常事態だと思った百目鬼だったが、
のほほんとした顔で見上げられて、勢いを削がれてしまった。
「もういい、…今日は、店で泊まれ」
「は?」
カメラを手提げにしまって、相変わらずの命令口調で告げた百目鬼に、
むろん、四月一日は不機嫌そうに「なんで?」と聞き返した。
「それか、ウチに泊まれ」
四月一日の疑問には答えず、さらに百目鬼は意味不明な命令を下す。
「はあ?なんじゃそら、どういう二択だよ」
百目鬼も侑子さんもなんか変。
これってそんな目くじら立てること?
ぼんやりと、写真を見つめた。
「おい、わかったのか!?」
よほど間抜けな顔をしていたのか、百目鬼がいきなり大きな声で答えを促す。
実は、百目鬼が声を荒げることは珍しい。
びっくりして思わず「ほえっ?」とかおかしな返事をして、
更に百目鬼の眉間のシワを増やしてしまったが、断じて俺だけが悪いわけではない。
「わ、わかったよ、店に泊まる」
これで文句ないだろう、
とばかりに四月一日が答えると、百目鬼はまだ何か言いたそうな顔をしたが、
取りあえずは納得したのか無言のまま踵を返した。
なんとなく見送っていると、
くるっと振り向いて「絶対だぞ」とか念押ししやがった。
なんなんだ、一体。
あいつは近頃、変に神経質だ。
確かに、最近はたくさん無茶をして、
あいつには迷惑をかけたりしてるけど…、
っていうか、よく考えるといつも助けられているような気もするけど……
――おれ、なんかいつも文句ばっか言ってるよな。
まともに礼なんて言ったことないし、よく見捨てないよなーとか思う。
むしろ不可思議だ。
だって、あいつの顔を見るとついケンカ腰になってしまうのだ。
侑子さん曰く、おれに近づきたいアヤカシの仕業らしいんだけど……
あいつの気は、キレイすぎるから。
だから、メリットがあるとすればおれの方だと思うんだけど、
なぜか百目鬼の行動には迷いがない。
ましてや、感謝されたいと思っているわけでもない。
いつも当然のように助けてくれる。
おれなんかを助けて一体なんの得があるのだろう。
弁当だろうか?
百目鬼をぼんやり見送っていた四月一日は、いきなりはっとして時計を見た。
「しまった、タイムセールに遅れる!」
唐突に今朝見たチラシが、四月一日の思考を独占した。
先程まで考えていた何もかもが吹っ飛んで、
今日の特売品をゲットするためだけに駆け出していた。
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