ジャッジメント1
四月一日はご機嫌だった。
学校帰り、なぜかいつも一緒になってしまう百目鬼と都合が合わず、
かわいいひまわりちゃんとのご帰宅なのだ。
しかも帰り道に寄り道しようと誘われて、まさに有頂天である。
いくら侑子に、四月一日にとって良い相手ではないと言われようが、
かわいいものはかわいい。
同じ意味合いで、どんなに良い相手だと言われても、
百目鬼とはやはり相性が合わないのと一緒である。
……カワイクないし。
「ほら、四月一日くん。ここに立って」
「あ、はいはいっ、え?……ここ」
かわいくにっこり笑って手招きするひまわりに操られるように引き寄せられて、
そこへきて思わずぎょっとした。
薄暗く狭いそこには画面があって、
楽しそうに笑うひまわりと、びっくりした顔をしている自分が映っていた。
――ヤバい。
そう思った時は遅かった。
カシャという電子音とともに、
自分たちが写し込まれたファンシーな図柄が画面に固定された。
四月一日が何をいう間もなく、ひまわりはなにやらボタンを押した。
あたふたと慌てる四月一日を余所に、人を小馬鹿にしたような電子的な音楽が流れ、
下の取り出し口からぺっと一枚のシールが吐き出された。
やっぱり写真だったか!
それはプリクラなのだが、四月一日はむろん初体験だ。
ただ、なんとなく写真をとられた、と直感して冷や汗を流していたのだ。
写真が嫌いなわけではない。
彼の体質が写真を敬遠させるのだ。
すなわち霊を寄せ付ける体質が。
幼少より、彼の写真はかなり高い確率で心霊写真になっていた。
今となっては、この体質はひまわりも知るところだが、
さすがに心霊写真をご一緒したいという女の子は少ないだろう。
嬉々として写真を覗き込むひまわりの表情が凍りつく予感に、
まさに己が凍りついたように固まる四月一日に、
やがて「あら?」と、どこか間の抜けた少女の声が聞こえてきた。
「ど、どうしたの?」
「ほら、…これ見て」
ちょっとどきどきしてしながら写真をみると、心配した霊の大群は映っていなかった。
ほっとしつつも、その写真にはどこか違和感があった。
すごく微妙だが、画像がぶれているのだ。
それもなぜか四月一日が写っているところだけ。
ぶれるのなら、普通はひまわりも同様になってるはずだ。
よくよくみると、ぶれているというより滲んでいるようにも見える。
どのみち精度のいい写真ともいえないし、機械のせいともいえなくもない。
なにより四月一日にとっては心霊写真にならなかっただけでも御の字なのだ。
多少の違和感などこの際、気にしないことにした。
ともかく買い物もあったので、その後ひまわりとは別れたが、
なんにせよ好きな女の子との生まれて初めてのツーショット写真である。
ほくほくと小さなその写真を大切そうに眺めながら、
バイト先である侑子の店へと向かったのだった。
「そのクセ…、いつから?」
「は?」
買い物袋をぶら下げたご機嫌な四月一日を、
けれど、侑子は見るなり怪訝な顔で迎えた。
むろん、なんのことかわからない四月一日は首を傾げたが、
深い色合いの切れ長の瞳が意味ありげに細められ、
どこか酷薄そうな美しい形の唇が少しだけ気がかりそうに動いた。
「そう、気が付いてないのね…」
「あ、あの?」
「手遅れにならなければ良いけれど」
「なにいきなりコワイこと言ってんですか、侑子さんの場合シャレにならないし…ってか、
クセってなに?」
腕に食い込んできた荷物をテーブルに置きながら、
愛用のエプロンをつかんだ少年が聞き返す言葉を最後まで聞かず、
侑子はその袋から酒だけを取り出すとすたこらと立ち去ろうとしていた。
「侑子さんっっ?」
「この材料なら、今日はすき焼きねっ!ほら、早くして頂戴!
お酒は先に貰うわよ」
先程までの妖艶な表情はどこへやら、
まるで悪戯を楽しむ少女の様な顔で酒を片手に、
まつわりついていたマルとモロを押し付けてヒラリと踵を返してしまった。
「ちょっ、空きっ腹に酒はダメですよ!すぐにできますから…、
ん?あれ、なんの話をしてたっけ?」
「おっ手伝い〜」
「おっ手伝い〜」
勝手に袋をあさり始めた少女二人に、四月一日の意識はあっという間に逸らされた。
「あーっ、ダメ!そこ勝手にイジっちゃ!こっちを先にして…」
「こっちが先ーっ」
「先ーっ」
手伝いなんだかじゃまなんだかわからない二人の少女に翻弄されながら、
四月一日は侑子との会話のことは綺麗さっぱり忘れた。
というか、いちいち彼女の言動に振り回されていてはここのバイトは務まらない。
ここでは、普通ではないことが日常。
ちなみにこの二人の少女も、侑子が作ったモノで魂がないのだという……
まったく、どう納得したものか。
しかたがないので普通に接することにしたのだが、それで問題なかったらしい。
自分もいい加減、非常識な体験をしてきたがここへ来てあり得ないことの連続だ。
果たして、
自分が抱かえてきた問題を解決してもらう為に始めたバイトだったハズが、
ますます泥沼にハマっていく感が否めないのは気のせいか。
……ただ、
アヤカシに関しては、以前のように鬱々と悪感情にのみ囚われる事が少なくなった。
それが思考改革によるものか、
単に慣れの問題であるのか今イチわからないのだが。
考え事をしていても、四月一日の手は淀みなく動いていた。
手慣れた手順で夕食の支度をこなし、かつ、少女たちの相手もしている。
さて、と長い菜箸を持った少年が、
さっそく手始めに肉を焼こうとした。
「ココは、私がやるわ!」
けれど、いつの間にか現れた侑子によって、あっけなくその手を止められた。
四月一日の持っていた菜箸をひったくった侑子は、
嬉々として瞳を輝かせ、ウキウキと牛肉を焼き始めた。
オイシイところは全て総取りが、彼女のモットーである。
「…はい、砂糖と醤油」
鍋奉行魂に火がついた侑子に、諦めたようにさっさと後を頼み、
四月一日は割り下を用意しようと鍋から離れた。
すかさず鍋奉行から声がかかる。
「わかってるわね、熱燗よ、四月一日!急いで」
「…あー、はいはい」
さっきの酒はどうしたんだ……と、
心の中でつっこみつつも大人しく熱燗を用意した。
もちろん、先程の酒のぶんは差っ引くつもり満々である。
そんなこんなで大騒ぎの夕食が終って、ようやく四月一日は家路についた。
すでにプリクラでの些細な違和感や、
侑子の気になる言葉のことは片鱗さえも覚えていなかった。
それは、確かに異変の始まりではあったけれど、
異変と感じなかった四月一日にとっては、なんでもない一日の終わりだったのである。
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