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Summons8

 その日のうちに出発し、次の日には国王への報告を終え、ロイの
邸宅へと帰ってきた。
 しかしエドワードはそのままベッドへと直行し、不機嫌ゲージを
更に溜めていた。
 生身部分の傷はロイの見立て通りたいしたことはなく、治癒魔法
とやらでほとんど治った。
 これには心底驚いたが、むろん実際には治癒する魔法というわけ
ではなく、回復速度を速めるというだけのことらしい。
 だから、致死レベルの傷や病気など、身体能力が著しく低下して
しまうと、まったく意味のない魔法らしい。
 結局のところ、体力や細胞の新陳代謝を先払いする、という感じ
だろうか?
 ともかく、そのおかげで怪我は治ったものの、左足の機械鎧の
調子がすこぶる悪い。
「コレを使え」
 杖を渡されて、エドワードの堪忍袋の緒はブチ切れた。
「だーっ!オレはジジイかよ」
 勢いよく払われた杖が、部屋の隅まで景気よく飛んだ。
 カランカランという乾いた音が、乱暴なその所業に抗議するように
部屋中に響き渡った。
「元の世界へ帰してくれ…」
「ダメだ」
「なんでだよ!炎の精霊だって帰してたじゃんか」
「あれは元の世界に帰したわけではない」
「…え?」
「使役している精霊は、常に魔力が支配する特異な空間で待機している
に過ぎない」
 エドワードは少なからず驚いた。
「元の世界へ帰すということは、契約を白紙に戻すということだ。ふたた
び召喚するには契約の儀式からやり直さなければならないのだ」
「召喚が大変だってことか?」
「……実際には、それはたいしたことはない。一度、”徴”がついた召喚対象には
道ができているから、手間と魔力は最初の半分ほどもいらない」
「じゃ、なんだっていうんだ」
「一度でも召喚された精霊とは、基本的にはなかなか再契約できないのが常だ」
「そ、そうなの?なんで」
 ロイは、そこで少し言い淀んだ。
 エドワードが、もう一度「なんで?」と促すと、ようやく口を開いた。
「私は、召喚した精霊との契約を破棄したことがないから知らないが、
好き好んで人間に使役される精霊などいないということなのではないか?」
「は?なにそれ、そんなの他人が言ってるだけだろ?」
「でも、そういう前例がある以上、絶対とはいえない」
「ちょっと、そんないい加減な情報で…」
 なんでそんな不確かな事で振り回されてんの、この人?
 らしくないと、思った。
 別に、ロイのことならすべてわかるなんて傲慢なことは思わないが、こいつなら
強引にでも召喚してやる!くらい、言いそうなものだが……
「とにかくダメだ、杖が嫌なら車いすを用意させる」
「な、冗談じゃっ…、おいっ!ロイ」
 エドワードの返事も待たずに、部屋の扉が素っ気なく閉まった。
 ――早っ
 残された少年の伸ばされた腕が、行き先を失って宙を泳いだ。
 やがて、その指先がフルフルと震える。
 なんなんだ、あいつはーっ!
 意味わかんねーよ、勝手になにやら自己解決してるらしいが、言ってくれ
なきゃわからないことだってあるだろーが!!
 こんなところにオレを閉じ込めてねーで、一緒に解決しようとか思って
もくれないのかよ。
 所詮、道具扱いなんだ。
 せっかく手に入れた道具を、手放したくないだけ……
 勝手にすればいい。
 もう、付き合ってられるか!
「ばかやろーっ!」
 ドカッと扉に投げつけた枕が、中身の羽毛をぶちまけて派手にはじけた。



 そんな不毛な問答が、しばらくの間つづくかと思われたが、それは予想も
しない展開によって中断させられることになった。
 次の日、エドワードがひどい熱をだしたのだ。
 朝食を運んだ使用人が気がついた時は、昏睡するほどの高熱だった。
 すぐに治癒魔法で回復して、意識を取り戻したエドワードでさえ何が起こった
のかわからなかった。
「よくわからないけど、たぶん肩だ」
「肩?その傷なら昨日治しただろう?」
「いや、怪我じゃない。機械鎧だとおもう。一瞬、肘がおかしかったのも肩の
せいだったんだ。この接合部分。ここに違和感を感じる」
 エドワードが前合わせの着物の、肩の部分を下へずらし昨日の傷があった
場所を見せる。
 確かにすこし腫れている。
「さっきまでもっと腫れてた。水も溜まってて、触るとひどく痛かった」
 エドワードは辛そうに腕を上げて、開いた掌をゆっくりと握る。
 それさえも重労働だといわんばかりに、重い息を吐く。
 たぶん最初の魔法攻撃だろう、あの時の外傷は治したけれど、魔法の
なんらかの作用で機械鎧に悪影響を及ぼしているのかもしれない。
 なにしろ、機械鎧に魔法耐性などは皆無だろう。
 今のところ、熱や浮腫は魔法で緩和できるが、元凶である機械鎧をなんとか
しないことには、結局ただの繰り返しだ。
 そのうち体力に限界がきて魔法が効かなくなる。
「ロイ、悪い…水とって」
「あ…、ああ」
 考えごとをしていたロイは、半身を起そうとしているエドワードを慌てて
止めて、サイドテーブルに用意してあった水差しを取った。
 汗でしっとりと濡れた髪の感触が、少年の頭を支える腕に伝わってくる。
 ひどく喉が渇いているのか、とにかく水を欲しがった。
 また熱が上がってきているのかもしれない。
 ロイは何かを振り切るように首を振った。
 ――一体、いつからだろう。
 なぜ、こんな気持ちになるのか?
 彼はたまたま召喚された、ひととき使役しているモノにすぎない。
「再び…」
「え?」
 ぽつり、と不意に呟いたロイに、エドワードは熱に潤んだ瞳を向けた。
「いや…、私は自信がないのだ」
 少年は、思わず瞳を見開く。
 この男が、自信がないなどと口にするとは思わなかった。
「……人は、契約に縛られにくいからな」
 ん?召喚の話か?
 契約って、ああ…命令に従うってあれか。
 ――なんでロイにメイレイされなきゃなんないんだよ!
 ああ〜…、言った言った。
 そっか、あの時めちゃめちゃ驚いてたもんな。
「精霊たちって、いやいや召喚師に従ってんの?」
「さあ、どうだかな」
 表情を決めかねて、ロイは苦笑した。
「契約に縛られてる限り召喚師の命令は絶対だし、不服さえ言えない。
だから確かめようがないのだがな」
 え、不満も言えないの?
 なるほどね、オレめちゃくちゃ不満ぶっこいてたもんな。
 そりゃ、ロイも戸惑うか……
 でもなー、他の召喚師は知らないけど、すくなくともロイの召喚した精霊
達に限っては、いやいや戦ってるようには見えなかったけどな。
 ま、同じ召喚されたモノ同士の勘ってやつだ。
「束縛の魔法の影響力は、どうやら人には効果がない。呪文の強制力が無効
なら、あとは同意を得ることでしか再契約は成立しないということになる」
 ここで、ロイがエドワードを見据えた。
 ちょっと待って、え?それだけのこと?
「それってオレが、召喚を拒絶するってこと?」
 ずばりと言われて、ロイが僅かに視線をずらす。
「……だから、オレを帰さないの?」
「いや、うむ…」
 そんなことで駄々をこねていたのか、この男は!
 エドワードは耐えきれずブフッ!と吹き出した。
 難しい顔で何を考えているのかと思えば、本当バッカみてぇ。
 唐突に笑いだしたエドワードに、なにが起こったのかわからずロイは唖然とした。
 こいつにはお願いしてみようとかいう、選択肢はないのかまったく!
「なあ、ロイ。お前の精霊、契約破棄してみろよ」
「は?いきなりなにを…」
「賭けてもいいよ、またアンタの召喚に応えるよ」
「……」
 少年の真意を量るように、
 ロイは見つめ返してくる金色の瞳を、漆黒の双眸に映し出した。
 長い沈黙の後、ようやく口を開く。
「では、召喚に応じると?」
 予想以上に、ものすごく真剣に、しかも詰め寄るような声で問われて、
とっさにエドワードはしり込みした。
「そ、それは状況によりけりだけど…」
 ビキンと、ロイの額に怒りマークが点灯する。
「いや、ってかさ、こっちにもやることがあるんだよ!だからお手軽に呼ばれて
も困るかなーっとかさ……なっ」
「やっぱり、やめだ!」
「わーっ、待て待て!だからね、来ないとは言ってないだろ」
 慌てて弁解したが、ロイは取りつく島もなくとっとと部屋を後にした。
 あまりに早くて呆気にとられるしかない。
「だーっ、もう!あいつは子供かっ!」
 ジコチュー大魔王め!
 癇癪を起してじたばたと無駄に暴れたが、そのせいで肩の痛みがぶり返して、
はぁーっと大きくため息をついた。
「あー…、正直な自分が恨めしい」
 けれど、譲れない想いがある。
 それを叶えるまでは、オレは自由ではいられない。
 きちんとわかって欲しかったのかもしれない。
 そこまで考えて、エドワードはすこし驚いた。
 まるで、それさえなければ召喚されてもいいと…、あるいは、それさえ
わかってもらえれば召喚されても構わないと考えていたことに。
 たった3〜4日、一緒に過ごしただけだ。
 それも振り回されて迷惑していたはずの、あの男に。
 エドワードは疲れたように、熱い息を吐いた。
 なんだか思考がだんだん緩慢になっていくようだった。
 このまま別れるのが嫌なのは、果たして誰なのか?
 機械鎧が壊れて、悔しいのは果たして誰なのか?
 次の約束をしておきたいのは、果たして……
 少なくとも、この世界には心残りもある。
 ロイのことじゃないぞ、飛竜だ!
 それに、もっと魔法をみてみたいし……
 だんだん、言い訳じみてくる。
 いつのまにか、思考は暗闇に呑まれて意識が曖昧になってくる。
 熱のせいもあって、エドワードは疲れたように眠ってしまった。
 少し速い息遣いだけが、沈黙の支配する部屋に聞こえていた。
 すると、狙いすましたようにドアのノブがゆっくりと回った。
 そっと足音を忍ばせて、人影がベッドの横まで歩いてきた。
「エドワード…、エド」
 それは、むろんロイであった。
 起こさないように、そっと前髪に触れる。
 もう二度とここへは戻ってこないかもしれない。
 だが、このままでは永遠に失ってしまうかもしれない。
 わかっている。
 始めからそんなことはわかっていた。
 どうするべきか、など。
「私もどうかしているな、こんな…小さな子供に」
「小っさい、ゆーな…」
 ロイの独り言に、寝ているはずの少年がすかさず突っ込みを入れたので、
思わずビクッと手をひっこめた。
「お、起きていたのか?エドワード」
 バツが悪そうに覗き込むと、しかしその双眸は伏せられたままで、ムニャ
ムニャと意味不明なことを呟いた。
 ね、寝ている?
 じゃ、あれは寝言……
 ぽかんと口を開けて、すぐに破顔した。
 小さいのを気にしているのか?
 熱に浮かされてまで反応するとは。
「……まったく」
 背の事だけではない。
 エドワードはきっといろいろと背伸びしているのだろう。
 でなければ、この歳でこれほどすごい能力を手に入れているはずはない。
 こちらの宮廷魔道師も顔負けだ。
 幼い顔にかかる金の髪を払って、汗ばんだその頬を大切そうに撫でた。
 熱い吐息が、ロイの掌にかかる。
 うすく開いた唇を、そっと指でなぞった。
 ほとんど無意識だった。
 まるで引き寄せられるように、ロイは唇を重ねていた。
 忙しない息が、直に伝わってくる。
 触れた唇は、悲しいほどにカサカサに乾いていて、その吐息はあまりにも
苦しげだった。


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