
Summons7
ドォーン…!
翌日の明け方、轟音とともに部屋が揺れた。
「な、なにっ?なにがっ!」
「落ち着け、…魔物に襲われているだけだ」
「ロイ?え、ああ、そうなんだ、魔物に…」
いつの間にかロイが部屋に入ってきて、なにやら新しい
服の用意をしていた。大きさからして、エドワードのものだろう。
「えっ!?魔物って、いま魔物って言った?それって一大事じゃ…」
「だから落ち着け、いま部下が応対してる。お前はこれに着替えろ」
「悠長に着替えてる場合かよ、すぐに」
「これはいわば鎧だ、いいから着ろ」
「鎧?これが?」
「お前にとってはな。これは魔法の力を軽減する法衣だ」
そういわれて、エドワードは白くて裾の長い服を広げた。
「またこの形か、コレ動きにくいんだけど…」
「ごちゃごちゃ言うな、早くしろ!」
「へいへい」
着るのもめんどくさいんだよなー、この服。
なんでこう飾りの紐みたいなものが付いてるんだ?こっちの服は
なんだか機能的じゃない気がする。
とかなんとか、文句を言いながらも言われた通り着替える。
確かに魔法を少しでも防げるなら、ありがたい。
ロイは、窓の外をみていた。
服を着替えたエドワードも慌てて、様子を伺う。
五体ほどの魔物が宿屋を囲み、結界に向かって体当たりを繰り返していた。
数人の魔法使いが、内側から結界を補助しているように見えるが、
さっきから結界がゆらゆらと揺らいでいるように感じた。
「なんか、結界危なくない?」
「危ないな、たぶん持って数分だ」
その時、下の階にいた見張りの兵士が部屋に飛び込んできた。
いよいよ結界がヤバいということだ。
「ともかく下へいこう」
ロイ達が一階に着くのと同時に、再び凄まじい轟音がした。
建物全体が、大きく震える。
危うく足を取られそうになって、エドワードは階段の手すりに掴まった。
「わわっ!いよいよ、ダメそうだぞ」
「そうらしいな、戦うしかない」
「そうだなー」
「……なにをしている?」
「は?」
「さあ、早く行って敵を倒してこないか」
当たり前のような顔をして外を指さすロイに、エドワードはあんぐり口を開けた。
「……どうした、エドワード?」
「ロイは戦わないの?」
「基本的には召喚師は攻撃魔法はつかえない。攻撃できる精霊を呼ぶのだ。
だが、今日はここの結界を結ぶのにかなりの精霊を使ってるからな」
「なにそれ、ずいぶんショボイな」
「契約の儀式で大量の魔力を使ったからだ!誰かさんのな」
幾分、弁解めいた口調で言ったロイは、すぐに不思議そうにエドワードを
見た。
「?…なに」
「なぜ命令にしたがわない?」
「はあ?なんでロイにメイレイされなきゃならないんだよ!」
エドワードのその言葉に、ロイは本気で驚いた。
ばき、ばきばきっ!
なにかが裂けるような音がして、結界が完全に消滅した。
途端に黒い影が、背中を向けているロイに向かって飛びかかってきた。
「後ろだ!危ないっ!」
ロイが振り向くより早く、エドワードは襲いかかってくるソレとの間に
身体を滑り込ませた。
すばやく手を合わせて、鋼鉄のブレードを作り出す。
「早くっ!…逃げろ」
なんとかそれをはじき返してロイを後ろへ下がらせた。
影に見えたのは、黒豹のような形状の魔物だった。
吹っ飛ばされた魔物は、警戒するように仲間の元へと一旦下がる。
「あらあら、かわいいボウヤたちだこと」
どこからともなく、声が聞こえてきた。
姿は見えない。
「え…、女の声?」
「この魔物を使役している者だろう」
ロイは、声の主を探そうと辺りを注意深く探る。
「まだ今は邪魔されたくないのよね、残念だけど死んでもらおうかしら」
けれど、声は待ってくれない。
魔物の集団が、エドワードたちに襲いかかってきた。
痛烈な最初の一撃をなんとか打ち払うと、次にロイを狙って飛び込んで
来た魔物を蹴り飛ばす。
「こ…、こいつら早っ」
すかさず懐に入ってきた一匹を紙一重でかわし、さらに喉に食らいついて
こようとした獣の頭を肘で沈めた。
「くそっ、錬成してる暇ねえ…」
「隙を作ればいいのか?」
言うが早いか、ロイは口の中で素早く呪文を唱えた。
差出した掌から火の玉のようなものが飛び出すと、くるくるっと回って
小さなひと型をした火の精霊が姿を現した。
ロイの指に弾かれるようにして、精霊は魔物へ向かっていく。
それを見ている余裕がなかったエドワードは、襲いかかる獣たちが
いきなり炎にまかれるのに驚いたが、
「今だ、エドワード!」
と、ロイに声をかけられ、とっさに石畳に手をついた。
ぐんぐんせり上がっていく石畳は、巨大な石柱となってあっというまに
魔物たちを押しつぶした。
「びっくりした、魔力尽きてたんじゃないのかよ」
「あれくらいはできる。だが、やはり魔法自体は効きが悪いな」
倒れてきた石柱をなんとか逃れた魔物は、さっと後ろへと下がる。
「……あら、やだ。半分やられちゃった」
再び聞こえてきた女の声は、しかしあまり堪えた様子はない。
そして、体制を整えた魔物がふたたび襲ってきた。
「だめだ、コイツら全部倒すしかねえのか!」
「そのようだな、がんばれ」
……くっ、このヤロー、そうだよ、こういう奴だよ。ちくしょーめ!
いま召喚された精霊も、それはもうご主人様のために一生懸命戦っている。
健気すぎるぜ、こいつら!
それにしても、あれだ。
召喚師ってやつは、ヤクザな商売だよ、まったく!
エドワードも、文句をぶーぶー言いながらも結局戦うしかない。
だが、数が減ったとはいえ相手もさすがは魔界の住人、一筋縄ではいかないようだ。
厄介なことに精霊の魔法も効果は薄く、さっきのように不意打ちでもない
限り効果は期待できない。
さっきから、効いているのはエドワードの直接攻撃のみである。
そうなると、またもや押されぎみになる。
――まずいな、一呼吸入れる暇もない。
前方の魔物をようやく一匹倒して、息をついて顔をあげた。
次の瞬間、右肩に激痛が走り身体ごと後方へ吹っ飛んだ。
「……っっ!?」
「エドっ!!」
一瞬息が詰まって、悲鳴さえ出なかった。
それを追うように、ロイの声が被さる。
珍しく感情を露わにしたようなロイの声に、エドワードは少しびっくりした。
「だ、大丈夫」
すぐに起きあがろうとして、肘が一瞬ガクリと力を失う。
再び倒れ込んだエドワードに、ロイが慌てて駆け寄ってくる。
「エドワード、どこをやられた」
「や、平気だって、ちょっと驚いただけ…」
今度はちゃんと腕で支えて、身体を起こす。
……左肩だったら、ヤバかった。
「で、今のなに、魔法?」
「おそらく、な。相手は魔界の住人だ、魔法は得意分野だろう。ただ、魔法使い
にはあまり効かないからい今までは使わなかったんだろう」
「くそ…、あれを避けながらかよ。勘弁してくれ」
「…魔法は、私がなんとかしよう」
「え、どうやって?」
「説明してる時間はない。いいから、早くしろ。横、次がくるぞ」
とっさにブレードで、魔物を薙ぎ払う。
冗談抜きで、魔物はすでに至近距離を囲っている。
「わかったよっ!」
パンッと両手を合わせて、石畳から今度は槍を錬成した。
襲いかかってくる魔物を、続いて錬成した石の壁で足止めして、その隙を
ついてもう一匹に槍を投げ込む。
予想通り避けた所をすかさず間合いを詰めて、鋼鉄のブレードを叩きこんだ。
「あと一匹!」
素早く振り向いて、エドワードはぎょっとした。
さきほど足止めしておいた魔物は、石の壁を突き破り、口を大きく開けていた。
――魔法だ!
「…しまっ!」
とっさに動けなくなったエドワードと、今まさに攻撃しようとしている魔物の
間に、いきなりロイが飛び込んできた。
「ロイっ!?ばか…っ」
先程、自分が受けたあの凄まじい衝撃を思いだし、身が竦む。
眩い光で、一瞬視界がかすむ。
そして、光と土煙りが去ったそこには、
かすかなダメージこそあれ、吹き飛ばされることもなくしっかりとロイが踏み
とどまっていたのである。
「エドワード、なにをしている!攻撃だ」
「あ…、うん」
エドワードは戸惑いつつも、魔物が次の攻撃を仕掛ける前に素早く足元へと
潜り込んで、錬成術で地面を崩した。
無様にバランスを崩した魔物を、見事に一刀両断する。
「う〜ん、やられちゃったわね。どうやらそのボウヤ魔法使いじゃないわね。もしか
して、異界の人?召喚したとすると、呼んだのはそこの召喚師かしら」
二人は声の主を探そうと躍起になったが、その女は嘲笑するような声を残して
あっけなく姿を眩ませてしまった。
「とりあえず、終わった…か」
ロイは、大きなため息をついた。
「…こ、このバカ!」
黒髪の召喚師が精霊を還しつつ呟くと、いきなりエドワードが怒鳴りつけた。
「いきなりなんだ?」
「なんであんな無茶するんだよ!?」
「無茶?なんのことだ」
「さっき!もろ魔法受けてただろうが」
「ああ、あれか。君は真似しないほうがいいぞ」
「するかよ!って、そうじゃなくって……」
「魔法使いは、魔法防御に優れている。エドワードが物理防御に長けている
ようにな。それに、魔法の抵抗力が上がる補助魔法をかけたからな」
「なら、オレに掛けたらよかったんじゃ…」
「もともとの数値が低いエドワードでは話にならん。私だからこそ盾となりうる
防御力を得られたんだ」
「そうかもしれないけど、心臓にわるいっつーの」
「なんだ、心配してくれたのか」
「そ、そんなんじゃ…!」
興奮のあまりロイに向かって踏み出した足は、
「…っ?」
けれど、いきなりガクンと膝の力が抜けた。
つんのめるように、バランスを崩すエドワードをロイが慌てて支える。
「どうした?今頃、腰が抜けたのか」
「…違う、腰じゃねーよ、足だなこりゃ」
エドワードは、ロイの手を借りてなんとか身体を起こす。
「機械鎧かな…、壊れたのかも」
「壊れた?」
しばしの沈黙が流れる。
「ここって、整備師とか…いないよね」
「いないな」
機械鎧の重みをプラスしたエドワードを支えつつ、ロイが眉をひそめた。
「自分ではどうにもできないのか?」
「技術屋じゃないって最初から言ってるだろ?壊れたらどうにもできないよ」
「で、…錬金術に影響は?」
「は?……それは、腕が無事なら、あ!でも、さっき肘もなんか違和感あった
な。肩やられてるもんなー、総合的にメンテしないとダメかも」
「……見せてみろ」
「わ、ちょっ…、ちょっと」
前合わせの上衣をいきなり無遠慮に下ろされて、エドワードは驚いた。
とっさに抵抗するように腕を上げたが、その時、感じた痛みにビクッと
身体を竦める。
――肩、やっぱ怪我してるか。
ロイがかすかに息をのんだようだった。
それは、たぶん怪我のせいなんかじゃない。
機械鎧の接合部分の惨たらしい古傷に驚いたのだろう。
まだ幼い少年の身体に似つかわしくない、不釣り合いな重く厳つい腕。
その機械と皮膚が癒着している部分はケロイド状に爛れた跡がある。
エドワードは、慌てて服を手繰り寄せようとしたが、ロイがそれを許さなかった。
「じたばたするな、さっき魔法でやられた傷をみるだけだ」
肩を抑え込むようにして、ロイが傷に触れる。
「呪文を編み込んだ法衣を渡しておいて正解だったな。これくらいなら
連れてきた医療班の回復魔法でなんとかなるだろう」
「怪我なんてどうでもいいよ!問題は機械鎧なんだってば」
ロイは、無言のままエドワードの上衣を整えてやると、暴れるその身体を
支えながら歩き出した。
宿の中へ入ると、医療スタッフを2階に寄こすように告げて階段を上る。
「あのさ、……整備士の人とか呼べないの?」
「いっただろう、個人を召喚することはできない」
ロイは、部屋の扉を開けた。
「じゃあさ、やっぱり一度元の世界へ…」
少し躊躇したように切り出したエドワードを、ロイはいきなりベッドへと
放り投げた。
急に支えを失った少年の身体は、台詞も半ばに無防備に倒れ込む。
「必要ない。取りあえず錬金術さえつかえればいい」
わずかに振り向いたロイは、さっさと背中をむけて出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待てよ!足がマジ壊れたら、まともに戦えなくなるんだぜ!」
「……作戦は終了だ。昼過ぎには出発だから、それまで少し休んでろ」
強引に言い渡すロイの背後で、小さくため息がこぼれた。
「休んだって、機械鎧は治らないぜ」
「……」
ノブを持つ手が僅かに震えたが、やがてパタンと静かにドアが閉まった。
薄暗い部屋の中に、先程放りだされた格好のままでエドワードが取り残された。
「なに考えてんだ、…ばかやろう」
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