
Summons6
あれだけ寝たのに、目をつぶっていたらついウトウトしていたらしい。
肩を揺すぶられ目を覚ました。
「ついたぞ、起きろ」
「あー…、はいはい」
寝ぼけ眼で、あくびをしながら馬車から下りようとすると、
「よろしく、リザ・ホークアイです」
軽く会釈をして、女性が手を貸してくれた。
馬車から降りるくらいもちろんなんでもなかったが、せっかく差し出された
手を邪険にするのは躊躇われて、素直に手を出した。
それに、この服。
裾がなげーよ!
踏むっつーの。
上着の裾は、ゆうにくるぶしまである。
断じてオレの背が低いからではなく!こういう服らしい。
お礼を言おうと思って顔を上げて、エドワードはあれ?と首を傾げる。
「…あんた、」
先程はスルーしてしまったが、この顔には覚えがある。
いつも大佐の横にいた人だ。
えと、誰だっけ……
「ホークアイ、中尉」
呆然と注視され、いきなり名前を呼ばれた女性は、戸惑ったように上司の顔を見る。
「チュウイ?」
「ああ、気にしなくていい。どうやら階級の名称らしい」
出迎えてくれた面々を見ると、あちらこちらに見たことのある顔がいる。
なんか…、変な感じ。
この人たち、こっちの世界でもロイの部下やってるんだ。
「国王さまがお待ちかねですよ」
ぼー、と佇んでいる少年に、ホークアイは穏やかな笑みで促した。
向うの世界のホークアイは、ある意味エドワードを”錬金術師”として扱ってるので
仕事の相手というか、職場の顔で対応している。
その厳しいイメージがあるので、エドワードは少し面喰った。
ホークアイにしてみれば、事情は聞いていたものの目の前にいるのは、まだ10歳を
すこし越えたくらいの小さな子供である。
対応が子供向けになるのは無理もない。
ホークアイに案内されるように、ロイとエドワードは廊下を進んだ。
ロイの部下らしき人たちも少し後ろを歩いている。
う〜ん、どこでも似たような力関係になっちゃうものなのかなー
――あれ?
ちょっと待って。
ホークアイや、ほかのもろもろの人たちが、同じようにロイの部下やってて……
そのロイの、上司って。
まさか。
「君が報告のあった少年かね?」
やっぱり…!
謁見の間に着いたなり、エドワードがガクリと肩を落とす。
あちらの世界の、軍部の頂点にあった人物。
大総統、キング・ブラットレイ。
国王は、その人であった。
はいはい、やっぱりね、そうかなって思ったよ。
驚くのも呆れるのも疲れて、エドワードは乾いた笑みを浮かべた。
「…彼は大丈夫かね?なんだか目がウツロだよ」
きっと名前もキング・ブラットレイだろうその国王様が、異界からきた少年の
おかしな様子を咎めてロイを見た。
「少し疲れているのでしょう。こちらに到着して間もなく戦闘があり、それでも
陛下に早く報告せねばと思い、強行軍で無理をさせてしまいました」
「それは忠義なことだが、召喚したモノにも情をかけてやらねばな」
実際にはたっぷり休憩をとってから来たのだが、王は感心したようにロイを褒め称えた。
「報告は聞いておる。召喚は大成功だったらしいな、不思議な術でさっそく
魔物を退治したとのこと、褒めてつかわす。これからも余の為、その能力を存分に
役立ててくれ」
ロイは恭しく頭を下げた。
その横でロイにつつかれて頭を下げたエドワードは、なんでこんな茶番に
付き合わされているのか、ばかばかしくなってきた。
だって、わかってしまった。
ロイはちっとも王様のことを敬ってないし、忠義なんてこれっぽっちも
感じてない。
それにロイの部下は、ロイ個人に従っている感じだ。
国を救いたいという気持ちに嘘はないように思えるが、それを為すのは
なにも国王である必要はないと、そう感じている。
こっちにきて2日程度じゃ、この国の実情はわからないけど。
そして、
道具であるオレに知る必要などないと、あの男は思っているのだろう。
謁見の間を後にして、ずっと苦虫を噛み潰したような顔をしているロイの顔を見上げて、
エドワードは小さく首を振った。
別に、どうでもいい。
早く済ませて、早く帰れればそれでいいのだから。
もう腹はくくった。
戦う為に呼ばれたのだったら、それを為せば帰れる。
そういうことだ。
それなら、もう割り切るしかない。
「ったく、なにが情をかけてやらねば、だ」
「え?」
ロイがいきなり吐き捨てるように言った。
「さっそくこき使う気まんまんだ、屋敷に戻ってる暇さえない」
「…ああ、さっきの命令か」
オレはいっそ、あれで決心がついたけどな。
東の国境、
一つの村が危機に瀕しているらしい。
魔物の襲来を受け、現地調査と魔物の駆逐のために大量の魔術師が送られ、
その先遣隊からの連絡が途絶えたというのだ。
さっそくその足で向かって、退治せよ。
王は、命令を下した。
なんの準備もできない、ある意味玉砕して来いと言わんばかりだ。
刺し違えてでも倒してこい、と。
ロイのような召喚師は優遇されてると思っていたが、そう簡単な問題でも
ないのかもしれない。
いや、使い捨てにしてもいいのはオレか?
戦うのはオレっぽいもんなー。
王の意図は、そんなところだろう。
ま、切羽詰まってる感じだし…、
ロイも危険だろうけど、召喚師ってあれだ、後方担当だもんな。
大丈夫だって判断したんだろう。
「さっさと行って、さっさと片付けようぜー」
やる気のなさそうな声で、そそくさと馬車に乗り込んだエドワードに
何か言いたそうな顔をしたロイは、けれどそのまま無言で後に続いた。
ホークアイたち後発隊に、もろもろ食料や調査の道具、人員の調達を
頼み、ロイと少数の兵隊のみで現地へ向かうことになった。
「なにか怒ってるか?」
「……別に」
聞くな、そんなこと。
さも不思議そうに!
怒らない人間がいたら会ってみたいぜ、とエドワードは唇をひん曲げた。
関係のない人間を巻き込んでも、屁とも思わない剛胆な性格をしてないと
召喚師にはなれないんだろう、と諦めるより仕方がない。
というか、個としての認識の薄い精霊が相手だから気にしないのか。
人間じゃねーしな。
そか、人間相手はコイツも初めてなんだ。
でもオレは一人の人間で、オレにはオレの事情がある。
「で、今度はどれくらい馬車に乗ってればいいわけ?」
「着くのは明日の昼ころだ」
「な?一日以上かよ、うわー、尻いてー」
「今は季節が悪くてな、飛竜が子育ての時期なんだ」
「竜?!え、乗れるの?」
「だから、今は乗れない。あと2カ月くらいは無理だな」
「へー、なんだか魔法とファンタジーの世界って感じだな」
言ってから、まんまそんな世界じゃん、と自分で突っ込んだ。
魔法の絨毯はなかったが、竜に乗れるのは面白そうだ。
もっとも、そんなに長期滞在するつもりはさらさらないが。
そして、
中継の町での休憩を挟んで、
エドワード一行は翌日の昼過ぎ目的の村についたのである。
「先発隊はどうしたんだ?」
「まるきりゴーストタウンだな、人の気配がない」
町の様子を見るなりロイが呆然と呟き、エドワードが感想を述べる。
そこは廃墟だった。
数日前まで活気のある村だったとはとても思えない。
村人はおろか、派遣されたたくさんの魔術師たちもいない。
「まさか、あの化け物じみた連中があっけなくやられたというのか?」
「ばけものって、魔術師のこと?あんただってそうだろ?」
「魔術師と、召喚師はちがう。召喚師の魔力など、魔術師の足元にも及ばん。
召喚師は、召喚という魔法が使えるただの魔法使いだ」
「そうなの?」
「魔術師は、操る全ての魔法を己の魔力のみで荷っているが、召喚師は
召喚にさえ成功すれば、あとは召喚されたモノの力だからな」
「他力本願な職業だな……」
むっとしたようにエドワードを睨んだが、小さく咳払いして続ける。
「とにかく、やられたにせよ逃げたにしろ何者かの襲撃は受けたということだ」
「大丈夫なのか?すぐに捜索したほうがよくないか?」
「もうすぐ陽が暮れる。どちらにしても、こちらも準備が整ってない。明日
明るくなってからだ。そのころには後発隊も到着するだろう」
「夜のうちに襲撃されたら?」
「結界は張る。もし魔術師がやられるほどの強敵なら、あまり期待はできないが、
それでもないよりはましだろう。今日は、あの宿屋を借りる」
村にある唯一の宿屋だろう、奇跡的にほとんど無傷に近い状態で残っていた。
ここならベッドもあるし、十分に休める。
不安は不安だが、とにかく2日間ずっと移動だったのだ。
休めるときに、きちんと休んでおきたい。
エドワードには2階の客室の一つが与えられた。
となりには、ロイ。
あとの兵士たちは、見張りも含めて1階に詰めていた。
とにかく疲れていたのだろう、
こんな状況にも関わらずエドワードは夢も見ずに深い眠りについたのだった。
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