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Summons5

「……夢オチとか、ちびっと期待してたんだが」
 豪華なベッドから、ムクリと身体を起こした。
「どうやらまだコッチの世界らしいな」
 眼が覚めた時、一瞬どこにいるのかわからなかった。
 そして徐々に昨日の記憶が蘇ってきたのだ。
 状況はなにも変わってないが、ともかく十分に睡眠をとったおかげで
頭が幾分すっきりしていた。
 目の届くところに、着替えとサンダルが用意してある。
 エドワードは裸足のまま窓の所へいくと、部屋を暗くしてある
厚いカーテンを開けた。
 どれくらい寝ていたのだろうか、時計がないので時間が全然わからなかった。
 窓の外は明るかったが朝なのか昼なのか判断がつかない。
 と、その時ドアがノックされた。
「ようやく起きたようだな」
 窓際に立っているエドワードの姿を確認して、ロイが部屋に入ってきた。
 どうやら何度か確認に来たらしい。
「いまって、朝?」
「もうすぐ昼だ。食事の用意はさせてあるが、先に湯浴みをするか?
昨日、ずいぶん髪を気にしていたようだからな」
 エドワードは少し驚いて青年を見た。
 言われるまでそんなことはすっかり忘れていたが、ただの朴念仁かと

思っていたこの男が、まさかそんな気の利いたことを言うとは。
「…じゃ、せっかくだから」
「わかった。
案内をつけるから、終わったら食堂に来るように」
「案内?場所さえ教えてくれれば、一人で…」
「――迷うぞ」
 その言葉通り、一人だったら間違いなく迷子になっていただろう。
 前を歩く三人の女性について行きながら、そう思った。
 それにしてもなせ案内に三人もいるのかさっぱりわからない。
 そして、いつになったらつくのだろうと不安になり始めた頃、ようやく
案内の女性が立ち止まった。
 その手のひらが指し示す先に大浴場が広がっていた。
「……なんて、無駄に広い風呂だ」
 思わず呆然と呟いた。
 なにしろ、庭に面して奥へと続いている。
 この風呂のなかでも、下手をしたら迷子になりそうだ。
 物珍しそうに中へ入っていくと、ぞろぞろと三人がついてくる。
「え、なに?もうわかったからいいよ、ここで」
「お召し物をお預かりいたします」
「は?…いや、だから」
「お背中を流してさしあげましょう」
「な、ちょっ…!?」
「御髪を洗いましょう」
 大きなタオルを持った女性たちがわらわらとエドワードを取り囲んだ。
 状況が掴めずわたわたと暴れるエドワードを、手慣れた手際で押さえつけると
服を脱がしにかかる。
「わーっ!ま、待った、待ったっっ!」
「なんでございましょう?」
「あの、一人でできるんで!」
「……ですが、」
「なんでか、スゴク一人になりたいので!申し訳ないけどっ」
「さようでございますか、では外で待機しております。御用の際は
お呼びくださいませ」
 なんとか彼女たちを外へ追いやって、ようやく重いため息をついた。
 三人もついてくるから何事かと思えば、風呂くらい一人で入れるっつーの。
「落ちつかねーな、ったく」
 ちゃぷっと湯船から顔を出したエドワードは不機嫌そうに呟いた。
 用意された湯殿はとにかく広くて立派だったが、外で待たせてある彼女たちが
気になってゆっくりなどしていられなかった。
 諦めたように湯の中でぶくぶくっと息を吐くと、エドワードは早々に風呂からあがった。
「早かったな」
 不本意なカラスの行水を済ませてきたエドワードを、ロイは
にこやかに食堂で迎えた。
「おかげさまでな……、くしゅっ!」
「ん?どうした」
 入ってくるなりくしゃみをしたエドワードにロイが近づいてきた。
「な、なんだよ?」
「エドワード、髪くらいちゃんと拭いてこないか」
「……ちぇっ、同じこと言ってんじゃねーよ」
「なにか言ったか?」
「なんでもないよ」
 何事かぶちぶち呟いているエドワードに、ロイは無言のまま指を鳴らした。
 すかさず案内の女性が手に持っていたタオルを差し出した。
「え…、わっ!?」
「いいいからじっとしていろ、風邪などひかれたら迷惑だからな」
 いきなりタオルを被せられ、いささか乱暴な手つきで髪を拭かれた。
 とっさに払おうとして思わずハッとなる。
 ――既視感。
 あれはたった昨日のことだ。
 タオルごしの大きな手のひら。
 たぶん、振り返れば同じ顔があるのだろう……
 ひどく昔の事のようだ。
 ああそうだ、アル。きっと心配してる。
「目をつぶっていろ」
 とりとめのないことを考えていると、そう前置きしてロイが
短く呪文を唱えた。
 いつの間にか取り払われたタオルの代りに、彼の掌が触れている。
 慌てて目をつぶると、ぶわっと風に煽られるような感覚とともに
一瞬で髪が軽くなった。
 びっくりして髪に触ると、さらさらと乾いた感触が伝わってくる。
「うわっ、なに?今の、魔法なの」
「魔法というほど大層なものではない。いいから座れ、食事だ」
 エドワードの錬金術を魔術だと思っているロイは、なにをこれくらいで
感心しているのかと不思議に思ったが、初めて魔法を目の当たりにした少年の
興味は尽きなかった。
 エドワードにしてみれば、錬金術はただの等価交換の産物にしか過ぎないのだ。
「あ、そーいや腹減った!」
 テーブルに並べられた食事を見た途端、腹の虫が騒ぎだしたのか
エドワードは用意された席へと急いだ。
 なにしろ丸一日、なにも食べずに寝ていたので空腹でもしかたがない。
 座ろうとすると、すかさず給仕の男がやってきて恭しく椅子を引いた。
 なんかこう……
 却って寛げないオレは、貧乏性なのかもしれない。
 ともかく料理が豪華なのは喜ばしい限りだ。
 目いっぱい食うぞーと意気込んで、ふと気がついたようにロイを見た。
「あ、髪ゴムある?」
「かみごむ?なんだそれは」
「髪を結ぶゴムだよ、あっちに置いてきたから」
 肩にこぼれる長い髪をつまみ上げたエドワードに、
 ロイは「ああ」と納得したように頷いた。
「結い紐のことなら、あるぞ。だが、女性用だぞ?」
「え?……まあ、なんでもいいや。ソレ頂戴」
 すぐに用意されたものを見て、エドワードはちょっと難しい顔をした。
 それは確かに、文字通りひも状のものだった。
 細い絹糸を束ねたものを、幾重にもきっちりと編み上げてある。
 それほど太さはないが、問題はそんなことではない。
 その両端に施してある飾りだ。
 金の冠がついた美しい房がついていて、それは優美な装飾がなされている。
「ふ、普通の奴ないの?」
「ない、うちの使用人の女は、皆それを使っている」
「……男性用とかは?」
「男は髪など結わん」
 きっぱり!と返されて、「そうだよね」と答えるしかなかった。
 髪が長いという理由で、女と間違われた筈だよ。
 エドワードはしぶしぶその飾り紐を使って髪を結い始めた。
 とっかかりのない紐で髪を結ぶというのは、思った以上に難しい。
 ――この際、輪ゴムでもいい……
 内心、泣き言をいいながらも、格闘の末にようやく形になった。
 三つ編みとかそんなレベルではない、とにかく束ねただけだった。
 それだけでクタクタだ、ちくしょうめ。
「では、食事にしてもいいか?」
「え、あ、…おう」
 どこか楽しそうなロイの顔が、非常にムカツク。
 できることなら、逆にあっちの世界へと連れていけないものか。
 そしたら慣れない世界でオタオタするのはてめーの方だかんな、と
負け惜しみなんぞ吐いてみた。
 ……いや、まて。
 だが、あの男はもしかしたら平然としているかもしれない。
 それどころか、あっちの大佐と二人で並ばれたら、たぶん、間違いなく
オタオタさせられるのは自分のような気がしてならない。
 やめやめ。
 不毛な想像はそこまでにして、エドワードは食事に集中することにした。
 どうやら食材や調理法はさほど変わらないらしい。
 これで主食が、なにかとんでもないものだったりしたら、
 間違いなく挫けていたに違いない。
「食事がすんだら、王宮に同行してもらうぞ」
「王宮?」
「ああ、私がこの国の宮廷召喚師だということは言ったな」
 エドワードは、パンをちぎりながら頷いた。
「この国は、…というかこの世界は、古来より魔法とともに発展してきた。
 今や、遺伝的に魔法使いの特性を持つものがほとんどだ。
 なんでも魔法で解決してきたから機械文明は廃れていき、
 その技術もほとんど失われてしまった」
「へー、じゃみんな魔法使いなんだ」
「そういうことだ。こっちでは戦争も魔法の強弱が、勝敗につながる。
 優秀な魔法使いを育て、そして保有することで国家は力をつける」
「なるほどなー、優遇されてるっぽいもんな」
 エドワードに含みはなかったが、ロイは苦笑した。
「ともかく近隣諸国を次々と統一し、飛ぶ鳥も落とす勢いだった我が国も
ある日を境に状況が変わった」
 それまで大して興味もなさそうに聞いていた少年が、ふと顔を上げた。
「やつらは突如として現れ、つぎつぎと魔物を召喚した。ろくな防衛手段を
持たない村や町を襲い始めたんだ」
「アレ?でもさっき、この世界の人はみんな魔法使いだって…」
「戦力として使えるほどの魔力を持つ者は稀だ。せいぜい火をつけるとか
つむじ風を起こすとか。素養はみな持っているが、使えない者もいる」
「そういうもんなんだ。じゃ、こっちも魔物とか呼べば?」
「魔物は召喚できない」
「……え?だって、現に」
「普通はできん、ということだ。本来、人間を召喚できないのと同じでな」
「人間って、オレ?」
 鷹揚に頷いて、ロイが続ける。
「基本的に召喚術で呼ぶことができるのは精霊だ。ほとんどの召喚師は
地、火、風、水など、得意な属性の精霊を使役している。宮廷召喚師とも
なると、ほとんど全属性の精霊と契約している」
 食事を終えたロイに、給仕の男性が琥珀色の飲み物を運んできた。
「そして人や魔物、さらに神に属する者を召喚できるのは、特別な遺伝に
よってのみ可能となる。それなりにリスクもあり、成功例は非常に稀だ」
「じゃあ、昨日のあれは」
「どこかにいるということだ。不可能とされた魔物の召喚師が」
「…で、オレは?」
「人間の召喚は、我が一族の秘術だ。確実に成功させることはできないが、
 曲りなりにでも召喚が可能なのは、この国では少なくとも私だけだからな」
「なんでオレだったわけ?」
「偶然だ」
 実にあっさり、簡潔な返答がかえってきた。
 ぽかんと口を開けたまま固まってしまったエドワードに構わず、ロイは続ける。
「召喚は、常に属性で括られる。火の精霊とか、水の精霊とかな。どこの
誰々という風に、選んでは呼びだせない。例外があるとしたら、一度召喚した
ことがあるとか、召喚される側に”徴”がある場合だな」
 ようするに、人間という括りでエドワードは召喚されたわけだ。
「今回の召喚は賭けだった。とにかく魔法以外の能力、または機械関係の技術者
が欲しかった。相手が魔物では、魔法が効かないことが多い。そうなると、我ら
魔法使いにはどうにもならないからな」
 エドワードにも、飲み物が運ばれてきた。
 すっかり手が止まっていたので、食事が終わったと判断されたらしい。
「この召喚は国王からの勅命だ。君が来てくれて助かった。最初は、ただの
子供かと思ってうっかり還してしまうところだったがな」
「ふん、そのまま還してもらえばよかったよ」
 エドワードは心の底からそう思った。
 まったくなんてこった、この世界でも戦争かよ……
「……ところで、その足も義足のようだな?それにしては不自由はなさそう
だが、どういうカラクリなんだ」
 別に隠すこともなかったので、エドワードは機械鎧のことを簡単に説明した。
「ほう、…すごいものだな」
「でもオレは、技術提供はできないぜ?専門外だからな」
「まあ、それは仕方がない。で、君の専門は?別にあるのだろう」
 ふう、とため息をついた。
 まったくこの男は、抜け目がない。
 きっとすべて自分のものにならないと気が済まないのだろう。
 エドワードは、錬金術についてほんの一般常識程度の知識をかいつまんで話した。
「錬金術か……、昨日聞いたときは何かの間違いかと思ったが」
 自分だって魔法というよっぽど不可解な術を使う癖に、ロイは酷く驚いたように唸った。
「はるか昔に確かに錬金術というのは伝記として残っているが、わが国では
研究されたことがないな。どちらにせよ、私の求めた以上のモノを持っているということだ」
「こっちはいい迷惑だ」
 ご機嫌なロイと裏腹に、エドワードは酷く不機嫌そうだった。
「まあ、召喚術というのはそういうものだ」
 ――開き直りやがった!
「ったく、召喚されたヤツよく今まで反乱とかおこさなかったな」
「反乱?ありえんな。召喚された時点で契約に縛られている。それは召喚師
が破棄しないかぎり永遠だ」
 契約で縛られた存在ね。
 じゃ、オレも首輪をつけられているわけだ。
 なにそれ、冗談じゃねーよ。
「……で、オレになにをさせたいわけ?」
「とにかく一緒に来てもらおう」
 食堂を後にするロイに、遅れて立ち上がった少年は気の乗らない顔で続いた。
 戦争の道具か。
 エドワードは、不意に自嘲するように笑った。
 いっそ、笑える。
 どこへ行っても同じってことだ。
 呪われたこの身は戦いでしか役に立たない。
 それならせめて大義名分がある方が楽だ。
 ――こんなところいたくない、帰りたい……
 エドワードは、泣き言を言いそうになった。
 足取りが重くなる。
 身体を取り戻す、その目的に縋りつきたかったのかもしれない。
「情けなねーな、オレ」
 途端に、自分に失望した。
 逃げの口実にしてんじゃねー、あれはオレの願いだったはずだ。
 なにに変えても叶えなければならない願い。
 戦いから目を逸らすための贖罪の道具じゃねえ。
 エドワードの苦悩を余所に、馬車は王宮への道のりを進んでいた。
 まさか移動手段が馬車だとは思わなかった。
「どれくらいで着くんだ?」
「小一時間というところだ、寝ていてもいいぞ」
 ふーんと、興味なさそうに呟くと少年は目をつぶる。
 どうやら機械文明が進んでないというのは本当のことらしかった。
 舗装されていない道のりを、馬車がのんびり歩いている。
 ――魔法で、びゅーんとかは行けないんだ。
 エドワードは、変なところでがっかりしてしまった。
 どうやら魔法のじゅうたんはないようである。

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