
Summons4
「大佐、なあ大佐ってば!」
「タイサではないと言っただろう。だいたいそれは人の名か?それとも君の世界では
マスターのことをそう呼ぶのか?」
――は?
この人、マスターって言った?
マスターって、あれだよな。ご主人様?
「……マスターって、誰?」
「私に決っている。私が君の、マスターだろう」
――何様なんだろう、この男は。
一瞬、固まったエドワードに構わず、黒髪の青年は続けた。
「こちらに召喚したのは、私だからな」
「さっきから召喚とか、わけのわからないことばっか言って、なんなんだよコレ!
ってか、冗談なんだろ?騙そうったってそうはいかないからな、大佐」
「タイサって呼ぶのはやめろ、違うと言っているだろう。私の名は
ロイ・マスタング、この国の宮廷召喚師だ」
ばかっと口が開く。
宮廷?宮廷ってなに、どこの?
召喚師ってなに?そんな職業あるのか?
「なにをバカな顔をしているのかね」
「……これは、どういう冗談なんだ?大佐」
「だから、私はロイ…」
「知ってるよ!ロイ・マスタングだろ?!」
いきなり怒鳴った少年に、黒髪の青年は口を噤んだ。
「ロイ・マスタング、焔の錬金術で階級は大佐!違うのかよ」
一気に捲し立てて、大きな瞳で睨みつけてくる。
強気そうな瞳は、どこか泣きそうなのを堪えてるようにも見えた。
「違う……、残念ながらな。どうやら同じ名前らしいが」
「名前だけじゃねーよ!顔もっ、声も、姿も、全部だ。同じなんだよ、
俺には同一人物にしか見えねーよ……」
思わず激昂して、少年は地面を拳で打ちつけた。
変形したままの機械鎧の剣先がザクっと地面をえぐったが、それを
見つめる召喚師と名乗った青年の、その表情は冷静なままだった。
「非常に稀なことだが、どうやら平行世界の人間を召喚してしまったようだ」
「平行世界?」
聞いたことがある、パラレルワールドとかいうやつだ。
けど、それって空想の話だろ?
「なるほど、確かにこれは秘術だな」
ちょっと、なに言ってんの?
なに勝手に納得してるわけ?
こっちは混乱の極地だというのに、ロイもどきときたら
なんだか満足気に頷いていた。
だんだん腹が立ってきた。
こちらの都合もお構いなしで、勝手に呼び出しておいて
そんで、呼んだのは自分だからオレ様はマスターだ、とは何事だ!
ジコチューもたいがいにしやがれって感じだ。
そこでエドワードは、はっと気がついた。
「さっき死んだら元の世界に戻るとかなんとか言ってたけど、
もしかして死ぬまで帰れないのか?」
そんなの困る!俺にはやることがあるんだ。
「……召喚した本人になら、元の場所へ戻せるが」
「あ、そか!アンタ言ってたもんな、間違いだとか、すぐ帰す、とか!」
心からホッと安堵の顔で、少年がこれ以上ないほどの笑顔を見せた。
黒髪の青年は、なぜかムッとした顔をする。
「気が変わった」
「……は?」
「お前には、ここにいてもらう」
「な…、なんでだよ!なに言ってやがる。
冗談じゃねーよ、そんなお前の気まぐれで……」
「気まぐれではない、端的にいえば、間違いではなかったということだ」
「はあ?なにそれ、自分勝手もほどほどにしやがれ!」
「それに、だ」
今にも襲いかかってきそうな少年に、ひらりと掌で止めるような仕草をして、
「この魔方陣をめちゃくちゃにしたのは、どこの誰だ」
と、いかにも被害者は自分だとばかりに困った顔をした。
「って、これはお前を助けるために!」
大きな、そして緻密な魔方陣が描いてあった場所には、今や
どーんっと土の壁がそびえ立っていた。
平面に直すことは容易いが、魔方陣までを元に戻すことはできない。
錬金術は魔法ではないのだ。
「あれを完成させるのに、一体どれほどの時間と魔力を費やしたと思っているんだ」
「だからーっ、全部オレの所為にするなよっ!」
「ところで、あれは、どんな魔法だ?」
「魔法?」
「お前が使った、あの術だ」
「オレは魔法なんて使えねーよ、あれは錬金術だ!それよりも…っ」
「錬金?あれが、錬金術だと?」
「そんなのどうでもいいよ、人の話聞けよ!大佐っ……あ」
勢いで、ついまた呼んでしまう。
もどかしそうに首を振って下を向いてしまった少年に、さすがに少し
苦笑した黒髪の青年が口を開く。
「どうやら君の存在した平行世界での私を知っているようだが、こちらの私は
むろん、その彼ではない。同じ存在であって、同一人物ではない」
大きな金色の瞳が、じっと見つめてくる。
本人にその気はないのだろうが、なんとなく何もかもを見通しそうな透明な瞳だった。
「マスターと呼びたくなければ、名で呼んでくれてかまわないよ」
「え、……ロイ?」
「ああ、そうだ」
戸惑ったように呼んだエドワードに、彼はにっこりと笑った。
――あ、笑い方…、なんか違う。
おかしな事だが、そんな些細なことで本当に違う人物なんだと確信した。
「それで君の名は?」
なんだか少しぼんやりしてると、
「使役する私がつけても構わないのだが」
とか、とんでもないことを言い出した。
「エド…!エドワード・エルリックだ。それ以外の何者でもない!」
「わかった、では、エドワード。私についてこい、こちらのことを教えてやる」
慌てて名乗った少年に鷹揚に頷いたロイは、今度は当然のように命令口調で
そう言うと、踵を返してさっさか歩きだしてしまった。
「ちょっ、なんでだよ!違うだろ、帰せよ、マホージンとやらを書き直せ!」
「そんなにすぐに書けるものか、いいから来い」
な…、
な、
なんで、こージコチューなんだ。
怒るより、呆れて言葉が続かなかった。
この手の顔はみんなこうなのか?
ともかく件の人物は、エドワードにお構いなしにサクサク歩いていってしまった。
もう諦めるしかなかった。
帰るにしても、この男の協力なくしては不可能っぽい……
確かなことは、とんでもないことに巻き込まれたという事実だけだ。
仕方がなく、エドワードは召喚師の青年の後を追った。
魔方陣があった場所から約五分程歩いたところに、屋敷があった。
森の中だと思っていたが、どうやら裏庭の一部だったようだ。
しかも、ここがこの男の私邸だというから驚きだ。
宮廷付きの召喚師は、よっぽど高給取りらしい。
「着替えを用意させるが…、」
そこでしばらくの沈黙がある。
エドワードが不思議そうに見上げると、
「……男物でいいんだな?」
とんでもないことをのたまった。
「当たり前だっ!なに確認してるんだよ」
「君くらいの年齢はわからん、それにその髪ではな」
「髪……?」
そういえば、大佐に髪を乾かしてもらって、その直後にこっちにきたから……
背に流した金色の髪は、ゆうに肩甲骨にまで届く長さがあった。
鍛えているのでそれなりに筋肉はついていたが、
それでもまだ子供特有の幼い体つきに、丸みのある頬のライン。
綺麗な金色の大きな瞳に、いつも引き結んでいる口元さえ、あどけなさを
完全に払拭するには至らない。
もともと整った顔をしているので、却って中性的な雰囲気があるのかもしれない。
「ちぇ、せっかく風呂に入ったばっかだったのに」
エドワードは、ほどけた髪を触って小さくため息をついた。
ついさっき洗いたてだったはずの髪は、こっちに来てからのゴタゴタですっかり
埃まみれになっていた。
「湯浴みの用意ならしてあるが、入るか?」
「あー…と、いい。なんかも―疲れた」
「そうか、なら部屋を用意させよう。食事は?」
「いや、とにかく眠い。だって夜だったんだぜ?寝るところだったんだよ、オレは」
イヤミたっぷりで言ったのだが、ロイはにっこりと笑った。
「それは間の悪いことだったな。悪かった」
エドワードは、がっくりと肩を落とした。
そうじゃねーだろ、問題はそこじゃねー!
悪いと思うところは、たぶん、間違いなくそこじゃない。
――だめだ、この男は。
たぶんこれっぽっちも悪いなんて思っちゃいねえ。
だって、自分が中心なんだ。
ジコチューなんだ。
……どうしよう。
オレは、無事に帰れるんだろうか?
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