
Summons2
「すごいな、ちゃんと料理だ」
次の日、エドワードとアルフォンスは昼のうちに食料を調達し、
夕食を用意していた。
ロイは、テーブルに並べられた料理を眺めつつ、少なからず感動していた。
そして、何というか予想以上に嬉しいと感じている自分自身にも驚いた。
「あったり前だ。だいたい、せっかくあんな立派なキッチンがあるんだから、
外食ばっかりしてないで家で食えよな」
照れくさいのかエドワードの物言いはどこか無愛想だった。
その横で、相変わらず人当たりのいいアルフォンスが
「お帰りなさい」と呑気な声で答えている。
「さっさと着替えてこいよ、はやくメシにしようぜ」
「あ、ああ」
なんというか不意打ちだった。
自分はもっと淡白な人間だと思っていた。
たったこれだけのことで……
玄関に明かりが灯っているだとか、
おかえりなさい、と迎えてくれる声があるとか、
温かなご飯ができていたりだとか、
そんなことが妙にくすぐったいような、面映ゆいのだけど、
どこか心地よくて……
そこまで考えてロイは、ふいに苦笑した。
そう一週間、これは期限付きの家族ごっごだ。
なにも変わるわけではない。
一週間後にはまた元の生活に戻るのだ。
軍服をベッドに脱ぎ捨てると、身軽な恰好に着替えて部屋を後にした。
エドワードとアルフォンスの手料理は、
上等とはいえなかったが想像以上に美味しかった。
食後も手際よく片付けをすまし、ロイの手を煩わせることはなかった。
「なんというか手慣れているな、意外だが」
「あ、修行時代に仕込まれまして」
「修行?」
「はい、半年ほどですけど」
にこやかにこたえるアルフォンスに、ロイは一瞬
笑いをこらえるような顔をした。
……花嫁修業?
「いま、くだらねーこと考えただろ」
「い、いや気のせいだろう」
ロイとエドワードのやり取りに、アルフォンスだけがわからない顔をしてる。
この二人は、お互いのことを「くわせもの」だと感じていたが、
アルフォンスから見るとそれらのやりとりは気の置けない間柄にさえ思える。
むろん、そんなことを口にしようものなら、
とんでもない形相で否定したに違いないが。
それなりの和やかな夕食はつつがなく終了し、
それぞれの部屋へと戻ってしばらくの後、エドワードは荷物をがさごそとあさり始めた。
「オレ、シャワー借りてくる、先に休んでていいぞ」
「うん」
着替えを持ってバスルームに向かう途中、一応ロイの部屋をノックした。
シャワーを借りる旨をドア越しに伝え、そのまま歩き出す。
一応声をかけただけで返事を期待したわけではなかったが、
意外にもロイの部屋の扉が開いた。
通り過ぎようとしていたエドワードは、つんのめるように歩みを止めて振りむいた。
「あ、もしかして今から使う?」
「いや、今日の夕食のことだ」
「は?」
「一言、礼を言っておこうと思ってな。それと、
もしここにいることで気を使っているのだったら、変な遠慮はしなくていいと……」
「なんだよ、迷惑だったのか?」
「とんでもない、美味しかったし、助かった。
それに手料理などというものは久しぶりに食べたからな、なかなか良いものだな」
「なら、いい。礼なんかいいぜ、俺たちも外食よりよっぽど気が楽だしな」
「そうか、ならここにいる間は任せるとするかな。
ああ、シャワーならむろん自由に使ってくれて構わない。いちいち断らなくてもいいぞ」
サンキューと笑った少年に、ロイは少しだけ驚いた顔をした。
普段のどこかシニカルな笑みと違って、年齢相応の無邪気な笑みに見えたからだ。
「ん?なんだ」
「あ、いや、髪…」
「は?」
とっさにごまかそうとして、脈絡のないことを口にしてしまった。
案の定、エドワードはきょとんとしている。
無意識に口にしたことなので、すぐに言葉が続かない。
そうか、もうひとつの違和感はこれだったか。
エドワードが振り向いたとき、なにかいつもと違うと思った。
雰囲気が柔らかいというか、いつもの尖った感じがないというか……
だから、余計に先程の笑顔に驚いた。
「……髪を下ろすと、感じがかわるものだなと」
「そうか?」
ずっときつく編んでいるのだから、
当然三つ編みの跡がついていそうなものだが、意外にもエドワードの髪は
さらさらと綺麗な流線を描いて肩を滑り落ちた。
まだ12歳の幼さが、ひどく危うく感じる。
いつもは、そんな風に感じたことはない。
彼は、強い。
あるいは、そう思わせるのがうまい。
周りに対して酷く警戒し、それこそガチガチに鎧を纏って接している。
決して本当の自分を見せていない。
今だって弱さを見せているわけではないだろうけど、
少なくともロイの懐にほんの少し入っている。無意識だろうけれど、
ちょこっと気を抜いているのかもしれない。
むろん、それを指摘して背中を逆立てられても困るので、
下手なことは言わない方がいい。
「前に会った時は、まだ短かったからな」
何気ないロイの言葉に、それでもエドワードの表情が微かに動いた。
む、これもNGワードか?と驚いたが、その変化は一瞬だった。
「そーいや、なんかこの町ってけっこうほこりっぽくて髪がパサパサする」
「シャワールームにシャンプーが置いてあるだろう、
あれを使えばいくらかましなはずだが、なにを使ってるんだ?」
「石鹸」
「せっ…、あれは身体を洗うもので、髪を洗うものではないぞ!」
ロイは、いささか本気で慌てた。
他人の髪など知ったことではないが、
この少年の金色がくすむのはなぜか見たくなかった。
「いいじゃん、別に。ついでに洗えるし」
「…面倒だと、そういうことか」
「え?あ、そう…、だけど」
「そう、か」
軽く答えていたエドワードは、
ふとロイの声色が変わったのを敏感に感じ取った。
ちょっと笑いを含んでいるような、声。
それも、ニヤッという類だ。
「なら、私が洗ってやろう」
「はあー?なんだそりゃっ、なに言って」
思わず後退るエドワードを、いたって平然とロイが見下ろす。
うお、目が本気だ。
「聞こえなかったのか?だから、私がお前の髪を」
「い、いや!遠慮する、きっぱりと!」
皆までいうな、とばかりに間髪いれずエドワードは断った。
ここはあやふやな返事ではいけない気がした。
「そうか?食事の礼ができるかと思ったんだがな」
「礼はいらないっていっただろ!」
「ん?そういえば、そう言ったか」
「そうそう、じゃ、シャワー借りる!」
エドワードは慌てて踵を返したが、その際、ちらりとロイの笑顔が見えた。
なんというか余裕の笑みというか、
エドワード的にんにゃろーと思うアレだ。
ひょっとしなくても、からかわれただけだろうか?
でも、あのままうっかり頷こうものなら、
やっぱり怖いことになっていた気がしないでもない。
わからん、わからんすぎるこの男。
照れ隠しにどかどか足をふみならして歩くエドワードは、
後ろでロイが小さく噴き出すのを聞いた。
――む、むかつく。
「もう石鹸で洗うなよー」
たたみかけるように声を掛けると、エドワードはすっかりご立腹だ。
見るからにプリプリと怒った背中は、あっという間に角を曲がって見えなくなった。
しばらく笑っていた大佐は部屋に戻ろうとして、
ふいに思い立ったようにキッチンへと向かった。
酒棚を物色して、珍しくそのまま居間でグラスを傾けていた。
久しくこんな愉快な気分になったことはなかった。
他人を家に招きいれるなど、本来なら面倒この上ないと思う性質である。
今回のことだって、決してエルリック兄弟を喜んで迎え入れたわけではない。
義務と責任上仕方がなく、というのが本音だった。
「私としたことが、まったく…」
どこか楽しそうに笑って、ボトルから二杯目をグラスに注いだ。
氷がからん、と涼やかな音を立ててコハク色の液体を揺らしていた。
HPTOPへ