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Summons1

 東部の中心地、イーストシティ。
 今朝向かった中央のセントラルシティからトンボ帰りで戻ってきた。
 錬金術師の国家資格を取る為にリゼンブールから出てきて、
 たった一日でいろいろなことがあった気がする。
 そして試験の結果が出るまでの一週間、ここで過ごすことになるらしい。
「えっと、このホテルだったかな?」
 長い金髪を三つ編みに結った少年が、
 メモを覗きながら眼前にそびえ立つ建物を見上げた。
「立派なホテルだね、兄さん」
 大きな鎧の身体を屈めて、自分の胸の高さほどもない兄の顔を伺った。
 まるで大男が厳つい鎧を纏ったかのような様相の巨躯からは、
 けれど意外なほど幼い声がした。
 同行する十二歳の少年を兄と呼ぶ彼は、まだほんの十一歳の子供でしかない。
 兄をエドワード・エルリック、弟をアルフォンス・エルリック。
 錬金術師の兄弟である。
 今回イーストシティに出てきたのは、
 ロイ・マスタングという軍人に国家錬金術師にならないかとの誘いを受けたからである。
 奇しくも、エドワードが右腕と左足、
 そしてアルフォンスが肉体を失い、おそらく心さえも失いかけたあの時、彼は現れた。
 白い手袋に、ピッチリと身体を覆う衣服の所為でわからないが、
 エドワードの右腕と左足は機械鎧と呼ばれる義肢だった。
 そして、アルフォンスの鎧の中にはただ空洞があるだけだ。
「大佐、つーか軍の紹介だ。
 しかもホテル代はあっちもちらしいからな、遠慮なく世話になろうぜ」
「そうだね」
 彼らは失ったものを取り戻すためにここへ来た。
 正気さえも失うほどの、その辛い罪を背負いながら、それでも前に進もうと。
 二人は意気揚々とその立派なホテルに乗り込んだ。
 が、ほんの数分後には再び玄関先で茫然と建物を見上げることになっていた。
「どういうこと?」
「知るか!予約してねーとはどーゆーこった!くっそー、いくぞ、アル」
「え、どこに?」
「司令部に決まってんだろ!文句言ってやる」
 思いっきり出鼻を挫かれたエドワードは、鼻息も荒く東部司令部に乗り込んだ。
 あまり重厚とはいえぬ扉が、今にも壊れそうな轟音とともに開かれる。
 真っ先に大佐の部屋に飛び込んだ少年の背後には、
 警備の兵が4人ほどまとわりついていた。
 どうやら有無を言わさず突入してきたらしい。
 さらに後方には、エドワードが蹴散らしてきただろう兵士たちに、
 その巨躯を小さくしながらいちいち頭を下げてまわる鎧の姿が見える。
 目を通していた書類を手にしたまま腰を浮かせかけたロイは、
 けれど、次の瞬間にはその口元に笑みを浮かべていた。
 すでに銃をかまえていたホークアイ中尉を手で制すると、
 ゆっくりと書類を机に戻した。
「そんなに慌ててどうしたんだ?試験の結果は一週間後だと言っただろう」
 すごい形相で今にも大佐に襲いかからんばかりのエドワードに、
 貼りついている兵士たちはなんとか拘束しようと必死の様子だったが、
 肝心のロイはなんだかとっても楽しそうだった。
 銃をしまったホークアイはひとつため息をつくと、
 職務に忠実な彼らをエドワードから離して速やかに退出させた。
「試験のことじゃねーよ、宿のことだ!紹介してくれるんじゃなかったのかよ」
「?」
 意表をつかれたように首を捻って、
「だから、しただろう。君たちにはもったいないくらいなところを」
「……」
 なんの頓着もなく答えたロイに、エドワードはいささか気の抜けた顔で二の句をつなげなくなる。
 しばしの沈黙の後、気を取り直すように小さく首を振る。
「予約されてないって言われたぜ。アンタの名前も出したけどな」
 どうやら本当に不測の事態だったらしい。
 最初の一歩でけつまづくとは、
 まったくもってアクシデントに事欠かない人生が待っていそうな予感がした。



「……なあ、大佐」
 立派なホテルの前にいた兄弟は、今度は立派な官舎の前に佇んでいた。
「オレたち別に普通の宿屋でいいんだけど」
 どこか呆然とした声で呟く兄に、弟もガックンガックン頷いている。
「生憎、どこも予約でいっぱいでな。突っ立てないでさっさと入れ」
 顔を見合わせた兄弟がしぶしぶ門をくぐると、
 古いけれどそこそこ立派な玄関が彼らを迎えた。
 さすがは上級士官用の官舎である。
 そう、ここはロイ・マスタング大佐に与えられた公邸だった。
「粗悪な宿屋では治安が悪いからな。
 もともとこちらの不備だし、だいたい君たちを呼んだ責任があるからな、
 なにかあったら私が困る」
 前を歩く大佐の後に続きながら、
 エドワードは周りを見渡した。キッチンとダイニングを通り過ぎながら、
 意外に綺麗に片付いていることに驚いた。
 もっともそれは掃除が行き届いているというより、
 使ってないないだけのようだと気がつく。
「そっちに空き部屋があるから好きに使ってくれ、私は着替えてくる」
 どうでもいいことを考えている隙に、
 この家の住人はろくな説明もなくさっさと部屋に引っ込んでしまった。
 あっというまに放り出された二人は、ポツネンと廊下に佇む。
 なんだかあれよあれよという間におかしなことになってしまったようだ。
 だいたいあのロイという男はどういう人物なんだ?
 信用して大丈夫なのか?
 考えてみれば、まだ二度しか会っていない。
「……取りあえず部屋へ入ろうよ、兄さん」
「あ、ああ、そうだな」
 弟に促されて何気に部屋に入ったエドワードは、あんぐりと口を開いた。
「随分すっきりした部屋だね」
 どこか無感動な声が、頭上から聞こえてくる。
 いや、だけどもう他に言いようがない。
 部屋の角にデンっとベッドが一つ置いてあるだけで、他には何もない。
 さほど広い部屋でもないのに、とてつもなくガランとして見える。
「入るぞ」
 ノックもなくガチャッといきなりドアが開いて、
 何気なく振り向いたエドワードが、もふっという感触と共に床に押し倒された。
 あっという間に、のしのしと重さが加わる。
「掛け布団はこれを使ってくれ」
 マットやベッドシーツに加え、二組の掛け布団をてんこもりに抱えてきたロイが、
 ドアを開けるなりそれらを床に置いたのだ。
「あー、兄さんっ!」
「ん?」
 いきなり慌てふためいて、今積んだばかりの布団をかき分け始めたアルフォンスに、
 ロイは何事かと驚いたが、やがて下の方からじたばたともがく少年を見つけるに至って、
 ようやく状況を飲み込んだ。
「すまん、小さくてみえなかっ…」
「だーれがミジンコどチビかーっ!」
「いや、そこまで言ってないよ、兄さん」
 どっかんと布団を蹴散らし頭から湯気を出す兄に、すかさず弟の取りなしが入る。
 思わず小さく笑ってしまう。
「あと居間のソファーを一つ、ここに運んで使ってくれ。
 悪いが一人はそれで寝てくれ」
「あ、十分です。ありがとうございます」
 ムスッとしているエドワードの替わりにアルフォンスがペコリと頭を下げた。
 感情的な兄に、温和な弟。
 まったくうまくできた兄弟だな。
 ロイはこっそりそんなことを考えた。
「ああ、そうだ。いまから食事に行くから、支度しとけよ」
 有無を言わさずそう言って、来た時と同じようにさっさと出て行った。
 なんだかずいぶんジコチューな人だな……
 そして兄弟の、ロイに対する感想はその一言に落着した。

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