
禁忌の戒め5
翌日、あいさつの為に城にあがったルークたちは、
予想通り皇帝であるピオニーにつかまった。
明日の式典準備で忙しいはずだが、自分は暇だからと言って
案の定ルークを構いたがった。
普段なら、度を越さなければ放っておくアッシュだったが、なにしろ
一応ルークは病み上がりである。
ここで下手にはしゃいで明日に響いたら、それこそ何のためにここまで来たのかわからない。
「昨日到着したばかりで、いまだ準備が整っておりませんので
せっかくですが、今日のところはこれにて失礼します」
「そうか、残念だな〜、でも今日は城に泊まっていってくれるんだろう?
夕食をぜひ一緒に…」
「いえ、宿を取ってありますし、荷物もそちらに置いてありますので、今回は
そのままそちらに滞在いたします」
「え〜っ!」と、ひどく不満そうにルークを見る。
答えているのはアッシュなのに、ルークの情に訴えようとするところが
姑息である。好意を無碍にできない彼の性格をよく心得ている。
だが、今回は断固アッシュが断った。
実際それどころではなかったのだ。
暇な皇帝陛下の相手などしている時間はこれっぽっちもない。
それはもう不満そうだったが、最後にはジェイドに窘められて
ようやくアッシュたちは解放された。
あの腐れ軍人もたまには役にたつ。と、アッシュはめったにしない感謝をした。
そういえば昨日のことが気になったが、あの様子では
ジェイドも相当忙しそうだ。
たぶん、のんびり話をしている時間などないだろう。
ルークたちは、明日の為に用意された控えの部屋へ
準備の為に向かった。
彼らは子爵とはいえ王族なので、かなり大きな部屋を用意されている。
本来、たくさんの召使いや護衛、それこそたくさんの人数を連れ歩く
身分の二人である。
もっとも彼らは召使いなど連れ歩かないし、護衛はもっと必要ない。
なにしろ世界を救うほどの勇者だ。
彼らを狙うなら、それこそ魔王くらいのラスボス級を用意しなくてはならないだろう。
それはともかく、皇帝にぐたぐたといらぬ時間を取られたので、
はやく明日の準備をしなくてはならない。
なにしろ昨日は何もできなかったのだ。
式典用の衣装と、晩餐の衣装、それからもろもろの小物。
消耗品など、買い出しも必要だ。
身軽なのが好きで常に二人で行動しているが、こういうときは少し困る。
ピオニーが気を回したのか、やがて城の使用人が何人か手伝いに来てくれた。
「お、やってるな〜」
そして昼過ぎになると、ひょっこりガイが訪ねてきた。
「あ!ガイ、すっげー久しぶりだな!」
さっそく四苦八苦しているルークの手助けをしつつ、いつのまにか
あれこれと世話を焼き始めた。
「なに言ってんだ、一週間前にお見舞いに行っただろう?」
「お前が来たの、一番ひどい時だったんだぜ?意識朦朧で覚えてねーよ」
元気な時に遊びに来いよなー、とルークは不満そうだった。
「もう大丈夫なのか?あ、船酔いで大変だったって聞いたぞ。
お前、船弱かったっけ?」
「なんでみんな知ってんだよっ」
まったくだ、とアッシュがため息をついた。
マルクトにはルーク情報網でも張り巡らされているのだろうか?
「これ、試着したか?一度、袖通しておいた方がいいぞ」
「あ、まだだ。ここら辺やってからにしようと思って」
「早めにやっといた方がいいぞ、手直しとかあったら大変だからな。ああ、
いいよ、そこは俺がやっておくから、とにかくそれ着ちまえよ」
「そうか?じゃ、お願い」
ガイはいそいそと、それは手際よく準備を進めていく。
ルークも着替えで戸惑うと、当たり前のようにガイを呼ぶ始末だ。
実際、立場的にはとてもまずいのだが、ガイの精神衛生上、ルークを
ほったらかしにはできないようである。
「そいつの世話をするのは勝手だが、お前の方の準備はいいのか?」
そう聞かれて、初めてアッシュに気がついたように「お、アッシュ久しぶり」とか
今更の挨拶を寄こす。
それこそ、一週間前に会ってるじゃねーか!
と、内心で突っ込みをいれる。
「大丈夫大丈夫。オレはそういうの得意だから」
――そうだろうとも。
心配するのもばかばかしくなって、アッシュは自分の準備を進めることにした。
もうファブレ家の使用人ではないし、逆に使用人を使う立場になっても
ガイはルークがいると、ついつい手を出してしまうようだった。
それに、ルークにとってガイは親鳥のようなものだ。
久々の外交でたくさんの人に会って、無意識ながらストレスを感じていたのだろう。
緊張していたルークの心が、ほぐれていくのが目に見えてわかった。
最近、元気のないルークを見続けていたアッシュは少しほっとする。
正直、ガイの構いっぷりはうっとおしいが、ルークがそれで安心するなら
それもよしとしたのである。
ガイやピオニーのおかげで準備も滞りなく終わり、次の日の堅苦しい式典も
そこそこ問題なく終わった。
貴族たちの集まりは、はっきり言ってアッシュでさえ気疲れする。
未だにレプリカには、偏見や興味本位の好奇な目を向けられることが多い。
目が届かないところでは、奴隷のように扱われている地域もあるという。
ルークはある意味、世界で一番有名なレプリカだ。
差別的な偏見を持つのは、大抵は自分が優位にあると信じて疑わない人種で、
身分が高いほど、そういう人物が多い。
キムラスカ王国の王族という身分は、皮肉にもルークを守っていた。
あの戦いから帰還して爵位を与えられた時、ルークは王位継承権を放棄
しようとしたのだが、アッシュが「お前が放棄するなら、俺もそうする」と
言って譲らなかったので、今でも二人は王位継承権上位の王族だった。
世界を救った英雄で、キムラスカという大国の王族。
ほとんどの人々は、純粋にこの二人を英雄として受け入れている。
だが、そうでない人もいるということだ。
レプリカごときが王族などと、という批判的な…、というか
むしろ侮蔑するような陰口を叩く輩が、皆無とはいえないのである。
身分は彼を守る半面、理不尽な嫉妬の対象にもなりえた。
そういう、昏い感情を向けられるのはひどくうっとうしい。
面と向かって言ってくるだけの気概があれば、それはそれでこちらも
気の晴らし様があるというものだが。
ともかく好意にしろ悪意にしろ、二人はどこへ行っても注目を浴びる。
そして、負の感情の比重はどうしてもレプリカであるルークに、より傾くことが多い。
こういう大きな行事に出席するたびに、まだまだレプリカ問題は
解決してないのだと痛感する。
式典が終了して、とりあえずルークたちは控えの部屋へ向かった。
このあと夜は、晩餐会が開かれる。
あと3時間ほどしかない。
すぐに、着替えてまた準備しなくてはならないのだ。
横を歩いていたルークが、ふいに立ち止まったのでアッシュも足を止めた。
「どうした?」
「……あ、や、なんでもない」
うつむいて額を掌で支えるようにしていたルークは、慌てて顔を上げた。
再び歩き出そうとして、膝に力が入らずにヨロける。
「ルーク!」
すぐさま駆け寄って身体を支えると、
「だ、大丈夫だって、ちょっと眩暈がしただけだから」
ルークは慌てて手を離そうとした。
「いいから、黙って掴まってろ」
それを許さず、アッシュは控えの部屋までルークを支えていく。
控えの部屋には仮眠室のようなベッドがあるので、とりあえずそこへと連れていった。
「疲れただけだってば、眩暈もすぐに収まったし」
「だめだ、寝てろ」
「そんなあ〜、これが楽しみで来たのに!」
この後の、夜の晩餐のことである。
「……だめだ」
そんなことはわかっていた。
式典では上座にいるルークたちは、ティアやアニスたちに会うことはできない。
会えるのは、夜に開催されるバーティーである。
それを楽しみに、ルークが苦手な行事に参加したことはわかりきっていた。
でも体調が不安定な今のルークが、賑やかな晩餐に参加するのは無理だと思った。
「倒れでもしたらどうする、たくさんの人に迷惑がかかるぞ」
卑怯な言い方だが、たぶんルークはこれで我儘はいわないだろう。
案の定口を噤んだルークに、アッシュは小さくため息をつく。
「今日はオレもこのまま帰るから、一緒に…」
話はこれで終わりだとばかりに衣装を片付け始めたアッシュは、
「だめだ」
小さく聞こえた声に、驚いて振り向いた。
「は?」
「アッシュは出ろよ」
「何を言って…」
「オレ達はキムラスカを代表して来てるんだから…、これは仕事だろ?」
「……それは、そうだが」
戸惑うアッシュに、ルークは小さく笑った。
どこか感情を抑えたような笑みで、ついさっき駄々をこねた人物とは思えない。
「オレ、ここで待ってるよ」
「いや、それならビオニー陛下に頼んでちゃんとした寝室を…」
「いいってば、ちゃんと大人しく寝てるからさ。せめてアッシュを待っててもいいだろ?」
それ以上、何も言えなくなる。
「ティアたちに、よろしくな」
行きたいと言って聞かないルークを、
どうやって説得しようか頭を悩ませていたが、こんなことならいっそ、
癇癪を起して泣きわめいてくれたほうが百倍よかったと、その時アッシュは思った。
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