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禁忌の戒め6

「あれ、ルークは?」
「寝ている」
 開口一番、アニスにそう聞かれて、ぶっきらぼうに答えた。
「ルークどうかしたの?お昼の式には出席してたわよね?」
 ティアもすぐに寄ってきて、質問をぶつける。
 こいつらときたら、ルークルークと……
 なぜこうも不機嫌かというと、既にジェイドとガイとピオニーから続けざまに質問攻めにされたからだ。
 ガイの姿はそれきり見ないから、たぶんルークの所に行ったのだろう。
 ったく、休ませるために部屋に置いてきたのに、意味がない。
「聞いたよ、最近も寝込んだっていうじゃない。大丈夫なの?」
「……ちゃんとお医者様に見せてる?」
 アニスとティアが心配そうに聞いてきた。
「医者には見せている。たぶん、病み上がりで動いたのが良くなかったんだろう。
今回も大事を取っただけで、本人はピンピンしてる」
「そう…、ならいいんだけど」
「でもさ、最近ずっと体調悪いみたいだし、なんだか心配」
 それはアッシュも気になっていたところだ。
 あの熱を出して寝込んだあたりから、どうもおかしい。
 元気が取り柄のようなルークが、なにかといっては具合を悪くする。
 それも、寝込むほどの体調不良がたびたびである。
 心配性のガイでなくても気になる。
 キムラスカに帰ったら、徹底的に調べてもらったほうがいいかもしれない。
「ルークには会いたいけれど、今回は行かない方がいいかしら」
「えー、私、会いたかったのに」
 ティアが残念そうに言うのに、アニスが不満そうに頬を膨らませる。
「今日はもうダメだが、明日帰る前にグランコクマの宿屋に寄ればいい。
ルークにもそう伝えておく」
「え、いいの?忙しくない」
「ルークもお前たちに会うのを楽しみにしてた。昼過ぎには出発するからそれまでには来てくれ」
 それだけを言うと、アッシュは立ち去っていった。
「なんか、アッシュってさ、ずいぶん丸くなったよねー」
「そうね、余裕ができたのかしら。あの時は、たぶん自分の事で精一杯だったでしょうからね。
全員にも言えることでしょうけど」
「それにしても、あの二人があんなに仲良くなるなんて、今でも信じられないよ」
「あの二人はたぶん、最後の最後で間違わなかったのよ」
「ティア…」
 ティアは最後まで平行線だった兄のことを言っているのだろう。
 お互いを愛していても、その心の行き先が違った兄妹。
「いいのよ、アニス。あの二人が幸せそうにしてることは、私にとっては
なによりもかえがたい救いなの」
 兄のせいで、たくさんの人が苦しんだ。
 その中でも、彼らは二人は最大の被害者だろう。
 けれど、彼らはそれを自らの手で跳ね除けた。
 ただ不幸だと嘆くだけでなく、もがいてもがいて今ここに立っている。
 彼らには、幸せになる権利がある。
 未だにレプリカに対しての風当たりが強く、ナタリアやルークたちが
奔走しているとは聞いていた。
 兄の残した負の遺産。
 レプリカ自身に罪はないのだ。
 なにも望んでレプリカとして生まれたわけではない。
 たぶんそんなことは誰だってわかっているだろう。
 それでも、レプリカの為に情報を抜かれ死んでいった者の親族は
やはりレプリカを恨むだろう。
 アッシュがそうであったように、人は簡単に間違える。
 彼らは、いまだに戦っている。
 ティアは、心からあの二人には幸せになって欲しいと願っていた。



 ピオニーに引きとめられたが、晩のうちにルークたちは宿屋へと引き上げた。
 グランコクマへ来るといつもは何日か滞在するので、ピオニーはひどく残念がった。
 どのみち今回はそうそうに引き上げるつもりでいたのだが、それでも1〜2日くらいはゆっくりしてから
発つつもりだった。そのほうが病み上がりのルークにも、かえっていいと考えたからだ。
 けれど、そうも言ってられなくなった。
 宿屋へ帰ると、アッシュはすぐに屋敷へと連絡をいれた。
 ルークの体調が思ったより回復しなかったので、ギンジたちに連絡を取ってもらう為だ。
 船での帰国となると、往路のように船酔いの危険があったからだ。
 こんな状態でもう一度あんな酷い船酔いになったら、
 体力を根こそぎやられてしまうだろう。
 ガイが手伝いにきてくれたので、アッシュはその晩のうちに荷造りをすませ、
帰国の準備をすませることができた。
 お節介もたまには役にたつものである。
 つぎの日、たぶん帰りの船の時間を気にしてか、ティアたちはずいぶんはやくに宿屋へ来た。
「結局、飛行艇で帰ることになったんだ。それよりごめんな、ゆっくり会えると
思ったのに、なんかばたばたして」
 ルークはわざわざ会いにきてくれた彼女たちを、それは嬉しそうに迎えたが
自分の体調のせいで余裕のない再会になってしまったことを詫びた。
「いいのよ、そんなこと。それより大丈夫なの?」
「ルーク顔が赤いよ、熱があるの?起きてちゃだめじゃない」
 二人が来るというので、がんばってベッドに座っていたルークだったが、
 結局、アニスにむりやり布団の中に押し込められてしまう。
「大丈夫だってば、微熱だし」
 再び身を起そうとしたところを、今度はアッシュに抑え込まれる。
「いいから、起きるな。寝たままでも話せるだろう」
 冷たいタオルをルークの額に乗せると、アッシュはさっさと部屋を出て行った。
 たぶん気を使ったんだろう。
「……二人とも元気だったか?」
 改めて二人の訪問者を見て、ルークが笑った。
「っていうか、ルークにだけは言われたくないわねー」
「あはは…、それもそうか」
「無理してるんじゃない?ちゃんと休んでるの」
 ティアが、心配そうにルークの熱く火照った頬を優しく撫でる。
「してないよ、無理なんか」
 触れる掌が冷たくて、気持ち良さそうに目をつぶった。
「ほんとかなー、なんかルークって両極端で心配なのよね」
「なんでも言ってね、私たちでできることがあったら協力するから」
 二人が本当に心配してくれているのがわかる。
 家族がいて、信頼できる仲間がいて。
 体調は最悪だったが、ルークは気持ちがとても軽くなるのを感じた。
 オレは、なんてたくさんのものに囲まれているんだろう。
 これ以上ないほど、ルークは幸せそうに笑う。
「ありがとう。ちゃんとわかってるから、大丈夫」



 屋敷に着くまで、ルークはずっと眠っていた。
 飛行艇からは自分の足で降りて、送ってくれたギンジたちに、にこやかに対応していたが
 自宅の屋敷に戻るまでが限界だった。
 気を張っていたのだろう。
 屋敷に入るなり、崩れ折れるように意識を手放した。
 すぐに部屋へ運び、寝かしつけるとアッシュは本邸へと向かった。
 ルークのことは心配だったが、取りあえず報告だけはしておかなければならない。
 まかり間違ってシュザンヌが様子でも見にきて、こんなルークの有様を見ては
それこそ、病人をもう一人増やしかねない。
 ちょうど食事の時間だったので、食堂へ向かう。
「ルークはどうしたのですか?」
 食卓で、マルクトから帰った旨を報告すると、シュザンヌは心配そうに聞いてきた。
「……眠っております。少し疲れたのでしょう、はしゃぎすぎただけです」
「まあ、大丈夫なのですか?お食事は?まだでしょう」
「あとで私が持っていきます、どうか母上にはご心配なさらぬよう」
「そう…ですか?」
 それでも心配そうに、言葉を濁す。
 すぐに近くのメイドに、なにか軽く食べられるものを用意しておくように指示した。
「明日にでも、お医者様にみてもらってちょうだいね」
「そのつもりです、母上」
 ようやくシュザンヌは頷いて、食事を開始した。
 アッシュも、スープを口に運ぶ。
 食欲などなかったが、シュザンヌにこれ以上心配をかけてはいけない。
 ただ、無理やり詰め込むだけの食事を終え、アッシュはメイドが用意した食事を手に、中庭へと続く廊下に出た。
 無意識に足早になる。
 寝ているといけないので、ノックをせずにルークの部屋に入る。
 案の定、ルークは静かに眠っていた。
 ベッドの横のテーブルに食事を置くと、その寝顔を覗き込む。
 頬に触れたが、熱はそれほど上がってない。
 やはりストレス性の発熱だったのだろうか?
 これで、よくなってくれればむろん問題はない。
 人の気配に気がついたのか、ルークの瞼がピクリと動いた。
「ルーク?」
「……あ、…アッ、シュ?」
 声がかすれて、ルークは少しせき込んだ。
 アッシュが水差しを用意すると、ルークは身体を起こした。
 背中を支えて、その下にクッションを敷きこんでやる。
「ありがと」
 お礼をいって、水をうけとるとそれを飲んだ。
「少しでも食べたほうがいいんだが、食べられるか?」
「…お腹すいてないや、ごめん」
「母上がひどく心配していたぞ」
「それ、母上が?」
「そうだ、だが、無理をすることはないぞ」
「……すこし食べる」
 スープだけを選んで、ひとくち、ふたくち口にする。
 でも、それ以上はどうしても進まない。
「もう少し寝ていろ、今日はここにいてやる。腹がへったら食べればいい」
「うん……、ごめんなアッシュ」
 横になったとたん、すぐに寝てしまう。 
 アッシュはしばらく物憂げにルークの寝顔を見つめていたが、
そのまま椅子に座って腕を組んだ状態で瞼を閉じた。



 翌日、メイドの朝食を知らせるノックで目が覚めた。
 アッシュもやはり疲れていたのだろう。
 起こされるまで目を覚まさなかった。
「おはよう、アッシュ」
 意外にもルークは起きていた。
「……身体はもういいのか?気分は」
「結構平気みたい。起きられそうだし」
 その言葉に嘘はないようだ。
 顔色はいいし、放っておいたら今にもベッドから飛び出しそうな勢いである。
「今日のところは寝ていろ、昼に医者を呼んである」
「えー、もう平気なのに」
 医者嫌いのルークがごちゃごちゃうるさかったが、そんなものは聞く耳はもたない。
 アッシュは、食事をもってくるからといって部屋を出た。
 みんなと食べたいと少し駄々をこねたが、今日の所はがまんさせることにした。
 どうやら病み上がりに身体を動かすとすぐに体調を崩すようなので、
すこし大人しくさせておこうと考えたのだ。

 午後から来た医者の見立てでは、過労だろうとのことだった。
 原因はわからないと言われたようなものだ。
 アッシュは釈然としなかったが、取りあえずすぐに食事も取れるようになったし
体力の回復も早かったので、本当にただ体調を崩していただけともいえなくもない。
 一週間ほど外出は控えたものの、それ以降は体調を崩すことはなく、
近場の公務なら難なくこなせるようになっていった。
 しばらくはアッシュが一緒に行動していたが、ここ最近は別々の仕事も入れるようになった。
 やっとルークの体調も落ち着いて、それからは何事もない日々が続いた。
 そして、グランコクマを訪れてから約二か月後のある日のこと。
 突然ジェイドがファブレ家を訪れたのだ。
 それもなんの知らせもなく、ひょっこりと。
 ナタリアと近くのレブリカの保養所へ慰問へ向かうとのことで、ルークが外している時だった。
「ルークなら、今日は仕事だぞ」
 アッシュは、不機嫌そうに言った。
 この男の用事で、他に思い当たることはなかったからである。
「知っています」
 しかし、平然とジェイドは頷いた。
「今日は、アッシュにお話がありまして…」
「オレに?」
 口調から察するに、予定を調べてきたのだろう。
 ルークのいないときにわざわざこの男がアッシュに会いに来る。
 それだけで、アッシュは気が重くなるのを感じた。
 間違いなくロクでもない内容に違いないからであった。
 その予想は、果たして外れることはなく最悪な情報を伝えるべく、彼はやってきたのである。



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