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禁忌の戒め3

 床上げして、2〜3日たつとルークはさっそくじっとしていられなくなった。
 アッシュがまだ無理だと忠告したにも関わらず、
 ルークはグランコクマで行われる祭典についていくと言ってきかなかった。
 別に行事に出たかったわけではない。
 堅苦しい場が苦手のルークがマルクトへ行きたい理由は、
 仲間たちに会えるからである。
 マルクト貴族であるガイはもちろんのこと、
 今回はティアやアニスも来るというのだからルークの気持ちもわからなくはない。
 それぞれが立場ある役職や身分の人物ばかりで
 仲間内で会うことなどそうそうできないからだ。
 むろん自分たちも含めてだが……
 もっともどこから聞きつけたか、
 ガイだけは耳聡くルークの不調を聞きつけ、
 一度見舞いにきたが、今回のことは誰にも話してなかった。
 別にわざわざ宣伝してまわることではないし、
 どのみち遠方からはるばる来られても会える状態でもなかったからである。
 そんなこんなで、一週間以上ベッドに縛り付けられていたルークに
 今回の招待状はまさに渡りに船状態であった。
 結局最後にはアッシュが折れて、出席できないナタリアの代りに
 アッシュとルークがマルクトへと遣わされることとなった。
 しかし4日以上も高熱を出した身体がそうそう回復しているはずもなく、
 船の長旅の最中に、ルークは普段は何ともないはずの
船酔いに長々と悩まされることになった。
「アッシュ……だめ、吐く」
 果たして何度めだろう、ルークを洗面台まで運ぶ。
 船酔い自体は病気ではないにしろ、数日前まで病床にあった身体は
容易に衰弱してまう。水さえも吐いてしまうので、とうとう医務室に
放り込まれて点滴を受けるありさまだった。
「……ごめん」
 だから言ったんだ!と怒鳴る前に、ルークが謝った。
 謝るくらいなら、すこしは考えろ!と返してやりたかったが、
 ここまでショボクレているとさすがに可哀そうで言えなかった。
 船酔いは、船に乗ってる間は治らないので、
 ともかく一刻も早く陸に着くことを願うしかない。
 この数時間が、二人にとって恐ろしく長かったことは言うまでもなかった。



 グランコクマに到着して、すぐにも城に行くつもりだったが
 アッシュは取りあえず宿を取った。
 ルークをベッドに押し込み、すぐに城へと遣いを送る。
 目と鼻の先とはいえ、病人を連れていては謁見さえままならない。
 あんな人物とはいえ、仮にも皇帝陛下である。
 失礼があってはならないのだ。
 式典はあさってだから問題はない、
 すっかり回復してからでも遅くはないと判断したのである。
 ルークも到着して船を降りると、すぐに回復の兆しをみせていたので
 明日には問題なく回復していることだろう。
 宿の部屋に戻ると、ルークが半身を起して窓の外を見ていた。
「もういいのか?」
「あ、うん。もう平気」
 ちょっと気まずそうに鼻の頭をかいて苦笑した。
「すぐにでも出発できたのに」
「ここまで来たんだから慌てることはない。
 それに向うに着いてしまうと、ピオニー陛下に構い倒されて休めないだろうが」
 マルクト帝国の皇帝ピオニーに、ルークはやたらと気に入られている。
 とにかく彼の愛情表現は特殊かつ濃厚なので、
 相手にしていると非常に疲れる。
 むろんこれはアッシュの言であるけれど。
「明日からは嫌でも忙しいからな、今日はゆっくりしてろ」
「うん、ありがとアッシュ」
 最近では、アッシュの気遣いや優しさにもずいぶん慣れた。
 なにしろ、ルークにしてみれば旅の間のアッシュが全てだったのだから
 いきなり態度を変えられて戸惑うばかりだった。
 混乱のあまり、反射的につっかかってなぜかケンカになることもあったくらいだ。
 アッシュにしても、
 数年間の孤独に加え、誤解とはいえ死を間近に感じつつ
 常に限界まで追い詰められ、不安と隣り合わせの戦いの中で荒んでいた。
 そんな時に、わかりやすい恨みの対象が存在したのだから、
 全てのベクトルがそちらに傾くのは自明の理である。
 けれど大爆発の際に、ルークも同じような不安に押しつぶされそうになっていた
 ことを知った。
 それでもアッシュと向かい合おうとしていたルークの強い心に触れて
 頑なだった心もようやく邂逅の時を迎えたのだ。
 アッシュは、もともと寛容で優しい人間である。
 一度懐に入れてしまえば、やすやすと突き放すことなどできない性格だった。
 初めこそ戸惑ったものの、ルークはそんなアッシュにすぐに懐いた。
 ルークは己に向けられる愛情に敏感なので、
 アッシュの心の機微を正しく感じ取ったのである。
 今では、まるで始めから対の兄弟だったかのように
 お互いを大切にしているのが見てとれる。
 離れ離れだった10年間を取り戻すかのように、
 二人が急速に惹かれあってゆくのに時間はかからなかったのだった。

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