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受け継がれるもの1

  磨きあげられた広い回廊を、足音を忍ばせて一人の子供が駆け抜けていった。
 肩のところで切りそろえられたつややかな金髪を揺らしながら、好奇心旺盛そうなやんちゃな
瞳を油断なく左右にめぐらせる。
 子供らしい表情の下にも、どこか品のようなものが備わった容姿。
 どうやら夜着のまま飛び出してきたのだろう、その着物も光沢のある絹である。
 まだ少年というには幼いその子供は、建物の外に音もなく飛び出すと一気に大きな噴水の近く
まで走った。
 頬を紅潮させ、息を切らした子供はここで一旦座り込む。
「どうやら成功だな」
 満足そうに小さな拳を握った。
「なにが成功なんだ?」
「っ!!!!」
 突然頭上から声が降ってきて、子供は文字通り飛び上がった。
 がばっと身を起して、しかし途端に膝がくじけて尻もちをつき、口を酸欠の魚のようにぱくぱ
くさせる。
 そのあまりの驚きぶりに、声の主は小さく笑った。
 年の頃は17〜8というその少年は、尻もちをついた子供を抱き起す。
「触るな!」
 驚きが去ると、常なる負けん気が顔を出したのか、金髪の子供は跳ね上がるように飛び起きて
少年の腕から逃れた。
 いきなり手を払われた少年は、それでも優しそうな微笑みを浮かべたまま、たぶんもとからい
た場所だったのだろう、静かに噴水の縁に腰を下ろした。
「夜の冒険か?こんな時間に子供が一人で、不用心だろう」
「無礼な、私はもう子供ではない」
「今年、8つだったか?立派なこどもではないか」
「もうすぐ9つだっ!…え?私の年を知っているのか?」
「知っているとも」
 にっこりと笑う。
 城を抜け出してきた子供は、初めて気がついた。
 ここはまだ城の中庭だ。
 こんなところで出あう人物といったらごくごく限られるということを。
 先ほどまで雲に陰っていた満月に近いまん丸の金色の月が、じわじわとその姿を現す。
 優しげに微笑む少年の顔が、月明かりの下に照らされていく。
「あっ!」
 金色の柔らかい髪が、夜風をはらんで小さく揺れた。
「あっ、あ…、アスベルッ!?」
 思わず指をさしてしまう。
 礼に欠けるその態度を咎めるでもなく、少年は先ほどと変わらぬ笑顔でうなずいた。
 月光の下、優しく微笑む瞳はオッドアイ。
 片方は、透き通るような海の青。
 もう片方は、ルビーのような美しい深紅。
 真っ白な長衣はどう見ても神官が身につけるような衣だが、それに似つかわしくないほど長く
立派な剣を帯びている。
 興味に僅かばかりの憧憬のような色を乗せて、立ち尽くしたようにその子供はじっと少年を見
つめた。
「おい?どうした、大丈夫か?」
 固まったまま、まったく動かなくなった子供に痺れを切らして声をかけた。
「はっ!あ、あの!アスベル…、さま!」
「アスベルでいいよ、リチャード王子」
 リチャード王子と呼ばれた子供は、一瞬口を開きかけたがすぐに首を振った。
「だ、だが、大神官と同等の地位なのだろう?」
 大神官ともなれば、王の退位や立太子にまで発言力があるほどの位である。
 王子といえど、礼を欠いた態度をとるわけにはいかない。
「オレは、ただアスベルの名を継いだというだけだ」
「名を、継ぐ…?」
「そう、400年間の記憶とともに、その名を継ぐものだ」
「400年……」
 リチャード王子は茫然とつぶやいた。
 400年といわれても、想像がつかなかった。
 今日、世界を危機から救った英雄の話を聞いた。
 英雄の証を継いだものがいると聞いて、いてもたってもいられなくなった。
 そのものは透明な青と、深紅の瞳をもつという。
 常は城の奥深くに住まい、めったに姿を見せない、とも。
 けれど……、
 夜の城内で度々目撃されるとのうわさを聞きつけたのだ。
 知りたがりの幼い王子が、部屋を抜け出してくるのもいたしかたない。
「リチャード王子、今日はもう帰るんだ」
「え、今あったばかりではないか」
「また会いにおいで。見つかってしまうと、もう抜け出せなくなるよ」
 確かに、それは面白くない。
 う〜ん、とひとしきり考えた子供は、大きく頷いた。
「それもそうか、わかった、じゃまた来るからなッ!」
 逃げるなよ、とでも言いたげに大いばりで宣言すると、くるっと踵を返してあっというまに駆
け出した。
 金の髪がふわふわと揺れて闇の帳へと姿を消した。
 それをいつまでも見つめていた少年は、嬉しそうに小さく笑って呟いた。
「ほんとうに、リチャードの子供の頃にそっくりだ」
 あ、でも…と付け加える。
「あの子の方がすこしワンパクだな」


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