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ジェラシーの行方6

「本当はおじさんのこと嫌いだよね?」
「耳遠いんですか?好きだって、何度も言ってますよね」
 だって……と、不満そうな顔だ。
 おじさんの言うのも無理はない。
 なにしろ、憎まれ口は相変わらずだったからだ。
 なんというか、もう条件反射で口をついて出てしまう。
 僕からしたらもはや愛情表現のようなもではなかと思うのだが。
 おじさんは納得してくれないらしい。
 あれから一カ月、おじさんは僕とのお付き合いを承知してくれない。
 ちゃんとヒーローの仕事はバディとしてごく自然に振舞ってるし、テレビの前でのやりとりは
なんら普段通りである。
 なのに二人っきりになると態度が変わる。
 いや、もしかしたら変わったのは僕で、虎徹さんは前と変わってないのかもしれない。
 キスはもちろん、必要以上のスキンシップは避けられてる気がする。
 以前はもちろんしてなかったのだから、やはりそれは以前のままの距離ということなのだろう。
 でも、告白をしたバーナビーとしては収まらない。
「限界です、虎徹さん…っ」
 僕はついに切れた。
 仕事が終わって、ロッカールームで鼻歌を歌っている虎徹さんに向き直った。
「どしたの?」
 僕の剣幕に、トイレなら我慢しない方がいいぞ、と笑った。
 最近はずっとこんな感じである。
 入院中は、何度かキスもしたし、抱きしめた。
 虎徹さんは、拒まなかった。
 なのに…、
「お付き合いしてくれないなら、襲ってもいいですか?」
「え…、それってどういう脅し?ってか、2択なの?!」
 話がそっち方面になると、虎徹さんは逃げ腰になる。
 今も荷物を抱えて、すでに扉への距離を測るように後ずさっている。
「どうして逃げるんですか?」
「そら逃げるでしょ、襲うって宣言されたら」
「それはつまりお付き合いしてくれないってことですか?」
「……」
 おじさんは、黙ってしまう。
 困らせてるのはわかっているのだ。
 虎徹さんはどうみてもノンケだし…、奥さんだっていたんだから当然だけど、僕みたいな後輩
で年下の男に告白されたら戸惑いもするだろう。
 彼の場合、邪魔する矜持もさぞ多いだろう。
 良き先輩、良き父親、良き大人であろうとしているおじさんには。
「虎徹さん、僕は…、ちゃんと貴方のバディですか?」
「……え?なに」
「貴方の信頼に足る相棒ですか?」
「一体なにを…、バニー?」
 両親の敵を取って本来のヒーローを続ける理由がなくなってからは、僕の目標はもっぱら虎徹
さんに頼りにされるようなバディとして認めてもらうことだった。
 それが対等に付き合う為の早道だと思ったからだ。
 そのことにがむしゃらになるあまり、すこし気が急いていたのかもしれない。
 僕は、ぜんぜん器用じゃなくて。
「まだ僕を対等には見てくれないんですか?」
「は?なんで、今、そんな話?え…、どこで話が変わったの?」
 距離を取っていたことも忘れて、虎徹は俯くバーナビーの顔を覗き込んだ。
「僕は天の邪鬼で、たぶん虎徹さんの欲しい言葉も言ってあげられない子供で……」
「ちょ、ちょっとっ、待って!なんか、話がおかしいよね?」
 戸惑う虎徹さんに、僕はついに心の中に溜めこんでいた言葉を吐きだした。
「だから、虎徹さんが僕と付き合ってくれないのは、僕が頼りなくてバディとしても相棒として
も認めてくれてなくて、しかも虎徹さんを喜ばせるような言葉を言ってあげられないからなんで
すよねっ?」
 僕にしてみたら当たって砕けろ、くらいにやけっぱちだった。
 だってもう体裁なんて保っていられない。
「そんなばかな!ってか、オレどんだけ高飛車なのっ?」
「違うんですか?」
「いや、それよりそんな嫌な奴を好きって、バニーちゃんおかしいから」
 ますますわからない、じゃあ一体なんだというのだ。
 僕の視線に気がついたのか、虎徹さんは諦めたように一つ溜息をつくと、荷物を置いて長椅子
に腰かけた。
 どうやら逃げるのはやめたらしい。
 僕も、すこし間を空けて隣に座った。
 また逃げられたら、ショックで立ち直れなくなりそうだったからだ。
「お前はとっくにオレのかけがえのない相棒だ、バニー」
 虎徹さんは、そう話を切り出した。
「隣にいることが自然で、お前が思っているよりずっと頼りにしている。まあ、天の邪鬼なのは
認めるし、確かにちょっとガクッとくることも、あるにはあるけどね」
「す、すみません…」
 僕がしおらしく謝ると、小さく手を振って苦笑する。
「だけど最近は前みたいに拒絶されてるわけじゃないって知ってるから、それは実はあまり気に
してないんだ。それに、たぶんオレはお前のことちゃんと好きだと思う……」
 ついでのように言われて、一瞬聞き流しそうになった。
「……っえ?」
 がばっと顔を上げた僕に、虎徹さんは不自然に目を逸らした。
「気持ちを確かめるような真似をしたのは悪かったと思ってる。でも、もし一過性なハシカのよ
うなものならすぐに諦めるかと思った」
「そんなっ!僕は」
 一過性なんかであるものかっ!僕がどれだけずっと想っていたか……
 でもやはり結局は、態度に表わせなかった僕がわるかったのかもしれないけれど。
「年を取ると、臆病になるんだよ。お前は若いし、なによりいい男だしな。これからいくらでも
恋もできるし、そういう人生を捨てさせちゃダメだろうとか考えるわけよ」
「虎徹さん…っ」
 とっさに口を開いた僕を、手のひらで制して虎徹さんは続ける。
「でもね、付き合っちゃったらバニーちゃんのこと、もう誰にも譲れなくなる。おじさん、こう
みえて独占欲強いんだよ、わかる?後戻りできなくなっちゃうんだよ」
 僕は、おじさんの言葉をただ頭の中でバカみたいに反芻し続けた。
 独占したい?僕を、虎徹さんが……
「やっぱ引くだろ?だから…、」
 おじさんは僕の沈黙をどう勘違いしたのか、まるで傷ついた顔を隠すように緩く笑って立ち上
がろうとした。
 背中を見せた虎徹を追いかけるように、バーナビーが腕を伸ばした。
 だって、僕の答えは始めから決ってる。
「好きです、虎徹さん」
「だから…、バニー」
 後ろから抱きしめて、振り向いた虎徹さんの隙をついて顔を寄せた。
「バニッ…?!ダメって言って…、やめっ」
 必死で背中を反らせる虎徹に、バーナビーはその首の後ろに手を差し入れ無理やり唇を押しつ
けた。
「っんう…!バッ…離せ」
「貴方だけのものです」
「……?なに」
「僕は、貴方だけのものですと言ったんです」
「バ、バニー?」
 力の抜けた虎徹さんの身体を、再び椅子に座らせると、僕は上から覆いかぶさるようにその肩
口に顔を埋めた。甘えるように背中に手を回して、ぎゅーっときつく腕を巻き付ける。
「……いいのか?おじさん、うっとーしいくらい嫉妬しちゃうかもよ」
「かまいません、嫉妬なら負けませんから」
「そ、それもどうかと思うけど」
「今まで僕が、どれくらい貴方の周りをうろつく輩を嫉妬の炎で焦がしてきたか知ってますか?」
「え、そうなの?」
 僕は顔を上げて、虎徹さんの顔を見る。
「虎徹さん、僕と付き合ってください」
 改めて言葉にすると、虎徹さんはちょっとだけ驚いたように琥珀色の瞳を見開いたが、やがて
照れくさそうに頷くと僕の頬に手のひらを添えて優しいキスをくれた。
 ついに、観念したようにはっきりと答える。
「ああ…、喜んで」
 おじさんは幸せそうに目を細めて笑った。


 ただ、唯一のその人が笑っただけで……
 心がこれほど満たされるとは思ってなかった。
 かけがえのない家族を失って20年、それは僕が一人ではなくなった瞬間だった。
 この人がいる限り、僕はもう一人になることはない。
 失えないものを得ることは、むろん時として危うさも伴うけれど。
 それでも、今はこの幸せを噛みしめたい
 ようやく手に入れた、ぼくの大切なおじさん。
 虎徹さんは己の独占欲を僕に警告してたけれど、負けないといったあの言葉にウソはない。
 それこそ本当に逃げられてしまうかもしれないから絶対に口にはしないけれど。
 大好きです虎徹さん、きっと誰よりも僕が一番……
 だから許してくださいね、ちょっとくらいヤキモチ焼きの僕のことを。
 そして虎徹さん……
 もっともっと貴方の幸せそうな顔を見せてください。
 ――それがきっと僕の幸せだから。


                                   おわり

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