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Summons10

「さっきから、なにをわけのわからないことを……、いったい今までどこにっ」
 不機嫌さの中にも、どこかほっとしたような表情でヘタリこんだままの少年に手を差し伸べようとした大佐は、
 けれど次の瞬間、ドッカンっとすごい衝撃とともに横の瓦礫につっこんだ。
「兄さんっ!」
 ドッカンの正体は、言うまでもなく鉄の塊のアルフォンスだ。
 すごい勢いで走ってきて、兄に抱きついた。
 目の前にあった些細な障害など、気にする余裕はなかったようである。
「ア、アル?え、わっ…、おわっ!」
 足に力の入らないエドワードは、弟に押し倒される形で思いっきり後頭部を床に打ちつけた。
「ばか、ばかっ!兄さんのばかーっ!」
 ーーそうか、アルがいるって事は、帰ってきたんだオレ。
「ごめん、アル。心配掛けて」
「ボク…、兄さんがいなくなったらどうしようって、ずっと……」
「……ごめん」
 泣くことができない鎧の弟が、エドワードには泣きじゃくっているように思えて、その背中を優しく叩いた。
 感動の兄弟再開シーンの横で、ドカドカと無駄に派手な音をたてて瓦礫の山が崩れた。
 むろん、その中から這い出てきたのはロイである。
 どうやらアルフォンスにぶっとばされて瓦礫に埋まっていたらしい。
「あ、そっちもゴメン…、アル周りが見えなくなっちゃうタイプで…」
 笑いをこらえるような顔で、エドワードがついでのように謝る。
「……致し方あるまい、気にして、ない」
 そう言って笑顔で埃を払うロイの頭には、隠し様のない怒りマークが張りついていた。
 ホントわかりやすいな、この人。
 思いっきり顔に出てるにもかかわらず体面だけは繕う大人に、エドワードは思わず苦笑した。
 まさか十一歳の子供に、大人げない仕返しはさすがにしまい、たぶん。
「……ん?その服は、なんだ。変わった布地だな?」
 いつまでも座り込んだままのエドワードに目を移したロイは、おや?と首を傾げた。
 いなくなった時の服では、むろんない。
 周りをみると、エドワードが放り投げたのか当時の服は瓦礫に引っ掛かっている。
 今現在着ている服は、なんだか白い絹のような、それでいて不思議な手触りの服だった。
 見たこともないデザインだが、どこか聖職者を思わせるローブのような……
「あ、これは…」
 エドワードはハッとして自分の姿を顧みた。
 そういえば、呪文を織り込んだ法衣とか言ってたっけ。
 そんなもんこっちにあるわけないよな…、どうしよう。
 思わず言葉に詰まったエドワードに、ロイが訝し気に口を開く。
「君は、一体どこにいたんだ?」
「そうだよっ!兄さん、どこに行ってたんだよ」
 それまで兄にへばりついていたアルフォンスも、がばっと顔を上げた。
 二人に同時に問われて、エドワードは本気で慌てた。
 別に隠すつもりはなかったが、とにかく何をどう説明すればいいのか。
 自分でさえ、理解しているとはとても言い難いあの世界の事を。
 そして…、なによりも彼の事を。
 思わずロイの顔を見上げてしまう。
「ん?…ところで、服装もそうだが、その髪の」
 いつまでも答えないエドワードに何か言いかけたロイが、ふと違和感に気がついた。
「あ、ホントだ、なんか髪型違うとおもったら、…変わった細工だね」
 ロイに続くようにアルフォンスがそう言って、それを確認するように首をめぐらせた。
 金色の長い髪を束ねるのは、見慣れない光沢のある糸で編んだ紐状のもの。
 端には、緻密な細工が施してある飾りが付いていた。
 ぱっと見、白金にも見える不思議な色合いの金飾。
 それを見たこともない結び方で、髪をひとまとめに結っているのだ。
「これ、どうなってるの?」
 思わず手を伸ばしたアルフォンスの武骨な指が、その紐の先に引っ掛かった。
「あ、ばか!ひっぱったらほどけるって」
 逃れるように首を振ったのが良くなかった。
 はらり、と髪がほどけて紐が床に落ちてしまう。
「あ〜、やっちまったよ。これ自分じゃできないんだぜ、またロイに…」
 アルフォンスに文句を言いかけて、エドワードは「あっ」と口を噤んだ。
「……私に?」
 思わす結い紐を拾い上げたロイが、不思議そうに怪訝な顔をする。
 そんなロイを見て、エドワードは一瞬何か言いかけるように口を開いたが、すぐに首を振った。
 掌を向けて、紐を受け取ってそのまま俯いてしまう。
「いったい何があったんだ?エ…」
「違うっ!」
 名を呼ばれる、と思った瞬間に怒鳴っていた。
 自分でも驚いた。
 反射的に叫んでしまった。
 ただ、いま名を呼ばれるのは耐えがたかった。
 あの声で……
「ど、どうしたの?兄さん」
 ふと顔を上げると、ロイとアルフォンスがびっくりした顔でこっちを見ていた。
「あ…、いや」
 なにをパニクッているのだろう。
 これじゃ、思いっきり挙動不審だ。
「ご、ごめん、いきなり大声出して。本当、なんか混乱しちゃって…」
 帰るって言ったのは自分じゃないか。
 あれだけひきとめたロイを振り切って帰ってきたんじゃないか。
 これは、後悔なんかじゃない。
 エドワードは、己を叱咤した。
 混乱してるという言葉通り、それっきり俯いたままのエドワードにロイは溜息をついた。
「今日のところは、君も疲れているだろう。事情は改めて聞く」
 ロイの労うような声に、エドワードが顔をあげる。
「取り敢えず明日の朝だ。今日はもう寝ろ」
「あ、…うん」
 幾分ほっとしたような顔でエドワードは勢いに呑まれるように頷いた。
「そういえば、兄さん。ちょっと顔色悪いみたい…大丈夫?」
 そう弟に指摘されて、うっかり自分の状態を忘れていたエドワードは、あっと声をあげた。
 被害状態を確認するために瓦礫の方に歩いていくロイを呼びとめる。
「大佐、腕のいい機械鎧の技師、この辺で見繕ってくれないかな?」
「技師?」
「本当はアイツを呼べたらいいんだけど、ちょっと緊急だから応急処置だけでも…」
「緊急だと?」
 ロイが驚いたように、戻ってきた。
「あっ、兄さん!それ、ひょっとして立てないの?さっきから座ったままでおかしいと思ったら」
「まあ、足もなんだけど…、問題は肩なんだよな」
 怒ったような弟の声に、エドワードは少しバツの悪そうな顔をした。
 アルフォンスは兄の身体が傷つくことをひどく嫌がる節がある。
 弟が手に入れた無機質の身体の代償に、兄は己の身体の手足を差し出した。
 これ以上、兄の身体が損なうのは見たくないと思っているのだろう。
「腕は動いている、ようだが?」
「今はな」
 力の入らない足が動かないのを確認してから、ロイは機械鎧である腕をその手に取った。
 多少ぎこちないが、腕は動いている。
「原因はわからないけど、すごく熱を持って腫れるんだ」
 エドワードはおもむろに前開きの衣をはだけて、その肩を見せた。
「毎日高熱が続いて、すげー大変だった」
 思い出したくもない、と言いたげに首を振る。
「今は平気そう…、だが?」
「平気じゃねーよ、これは今朝の魔法がまだ効いて…あっ」
 とっさに口を押さえたエドワードから、なにかとんでもない単語を聞いた気がする。
 アルフォンスとロイは顔を見合わせて、再びエドワードをみた。
「なにが効いてるって?」
 いかにも疑惑に満ちた目で聞き返したロイに、エドワードはいささかムッとした。
「……魔法」
 勢いこそなかったが、はっきりとそう言った。
 ロイとアルフォンスが、心配そうにエドワードを見たことはいうまでもない。
 なにが不満なのか、そんな二人の様子に心底不満そうに唇を尖らせた少年を、
 ロイは早々にベットに放りこんで、アルフォンスとともにキッチンの後かたづけを始めた。
 壊れたモノを錬金術で直し、あらかた掃除を済ませたのは真夜中のことだった。
 ようやくベットに横になったロイは、その数分後にアルフォンスに叩き起こされることになる。
 部屋に戻ったアルフォンスが、兄の状態の急変に驚いてロイを呼びにきたのだ。
 エドワードは、さきほど言った通りの状態で高熱に苦しんでいた。
 とてもじゃないけれど、こんな状態で朝まで放っておけない。
 取り敢えず医者だけでも呼んで熱を下げてもらい、
 朝一番で機械鎧技師を手配して、そのまま緊急手術を行う羽目になった。
 エドワードの言うとおり、事態はかなり切迫していた。
 いつこんな状態になったのか知らないけれど、
 毎日熱が出たというのは嘘ではないだろう。
 手遅れにならなかったのが不思議だと医者が言っていた。
 でも、昨夜キッチンに飛び込んできた時は、少なくとも元気だったのだ。
 なぜ?
 ーー魔法で?
 バカな……、どこのお伽話しだ。
 ロイは少し考えて、早急に医師の手配をした。
 意識を取り戻したエドワードは、
 とても外科医とは思えない医師に質問攻めにされて、大きなため息をついた。
 なんか、変な心配されてるし……
 腕も治り、落ち着いていろいろ考えられるようになると、少し余裕がでてきた。
 こっちに戻ってきた時は、頭がぐちゃぐちゃで、混乱してイロイロぶちまけちゃったけど……
 とりあえず、様子を見たほうがいいかもしんない。
 魔法とファンタジーのスペクタルな冒険譚は、とりあえず黙っていよう。
 こっそりそう決意したエドワードであった。



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