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鼓動の滴1

 サッカーをやめる。
 そう決めたのは、昨日のことだ。
 けれど、そう考えたのは何も昨日が初めてではない。
 日本サッカーの至宝といわれる兄を持ち、
 自分も当たり前のようにサッカーをしてきた。
 でも、そんな兄と共にサッカーを続けることに
 苦痛を感じるようになったのは、いつの頃からだろう。

 兄の名は、逢沢傑。
 弱冠十五歳にして、日本サッカー界を背負って立つと言われる少年だ。
 そして、その弟である逢沢駆は、
 部活のレギュラーさえ取れない平凡な少年だった。
 さらに練習中に友人に怪我を負わせ、
 そのトラウマから左が打てなくなり
 いろいろな面で思いっきりサッカーを楽しめなくなっていたところに
 ちょうど多感な年頃に突入してしまった。
 
 いつしか兄は尊敬の対象であって、
 共に夢を分かち合う”同士”ではなくなっていた。
 なんでもソツなくこなし、大舞台でも飄々として難なく活躍する
 そんな大スターと同じ土俵に立てるはずがないと、
 いつの間にか諦めていたのだ。
 ……ひとつしか年の違わない兄が、ひどく遠かった。
 それが寂しかったのかも知れない。
 そして
 そんな風にごちゃごちゃ女々しい事を考えるのは自分がつまらない人間だからで、
 スーパースターの兄には縁のないことだろうと思っていた。
 
 そう、あの時までは……
 僕は、
 なにも分かっていなかったのだ。


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