上原碧桜(あおさく)うぇぶ

2018年1月14日(日)更新(^^♪

 

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2017年11月1日(水)更新(^^♪
作者のこのサイトへの尊厳(思い・気持ちなど)

2017.10.9(月)- 15年前にネットい○めをされた -

2017.10.1(日)- 法律問題と、個人情報保護法に関する「精神障がい者」による特権

 

上原碧桜(あおさく)
1982年5月岐阜県生まれ。
「小説」、「慈愛の詩」などを求めて、各々の作品を創り上げ、
17歳から、ネット活動を始める。
17歳の頃に、公立高校から、通信制高校への移行を始める。
★−−−−病気、病歴など−−−−★

円錐角膜(えんすいかくまく)

<備考>
当時中学生の時、碧桜(あおさく)さんが、眼科で、
「円錐角膜」
であると診断されました。
のち、「アレルギー性角膜炎」、「ドライアイ」であることも
診断されています。
ただ、この「円錐角膜」の治療には、様々な方法があり、
医学の進歩は少しずつですが、上がってきているようです。
その方法に、「
角膜移植」と言う方法と、「角膜クロスリング手術(私が通院していた
名古屋EYE(〇イクリニックさんのリンク内で説明)
があります。
その他にも、方法としては、ハードレンズ治療、円錐角膜用レンズなどを
装着するなどの方法があり、進行を予防する治療も、最近理解してきました。
→関連サイト 
円錐角膜.com 管理人しーねさんがリンクフリーとありましたので、
遠慮なく、提供サイトを貼らせていただきました。
角膜移植についての掲載ページは、制作時間が長引くため、検索などで調べて下さい。



★広汎性発達障害(こうはんせいはったつしょうがい)
−−カテゴリ別−−
↓↓
2013年以降、DSM-V(精神医学協会)を用いた症状名でもあり、
現在の診断名は、、、❓❓
↓↓

★「自閉スペクトラム症(じへいすぺくとらむしょう)



◆上原碧桜(あおさく)さんの闘病生活◆


●幼少期
1982年昭和57年(0才)
→  5月9日、約2,400g、午前4時に
地元の産婦人科で生誕。
約8ヶ月15日目の未熟児体重規定でした。


1983年昭和58年(1才)
気管支ぜんそくを発症し、1か月の入院。
高熱、嘔吐、脱力感、のどの痛みなどを訴える。
まだこの頃の記憶は、母親の母子手帳に記載されている。
記憶にはない!!

1984年昭和59年(2才)
生まれる前の記憶が、鮮明に見えてしまう
症状が現れた。
この状態がなんなのかの具体的な症例不明。

1985年昭和60年(3才)
三輪車での事故。頭から地面に強打。
頭蓋骨にヒビがあり、縫合手術をした。
今、縫合手術の痕跡があり、坊主するとバレるため、
そこの髪の毛は、この日から部分白髪しか
生えてこなくなった。


1986年昭和61年(4歳)
地元の保育園に、入園する。
この時から、ほかの生徒と違う遊びに興味を
抱く。おままごとや、砂場で一人で遊ぶ。
女の子と遊ぶのが大好きだった。


1987年昭和62年(5歳)
お父さんの実家に遊びに行き、そこではじめて
父親からの暴力(プチ虐待)があった。
遊園地で、置き去りにされ、迷子、誘拐未遂になった。
また、保育園で、友達をたくさん作っては、
幼馴染(女の子)の家に遊びに行くことをしていた。
生まれてはじめての、幼馴染への「初恋」!!
「初恋」は、生まれ持つ知的障害の子だったので、
相性抜群として、家が近いため毎回遊んだ。


1988年昭和63年(6歳)
皮膚の病気、背中やお腹に、ヘルプスができた。
また、りんご病も発症した。
鼓笛隊の隊長に選ばれて、リーダー的存在で、
過ごしていたようだ。保育園を卒園。


1989年平成元年(7歳)
入学式。小学1年2組になり、出席番号は、10
学級指導の先生から、自閉症の疑いを問われるが、
家庭訪問の時に、両親は否定する。
いじめがあり、友達と遊ぶのも、抵抗があった。


1990年平成2年(8歳)
運動会で、石灰が目に入り、ホウ酸治療を眼科でする。
また、目をこするなどの行為で、視力低下を疑うが、
まったく気にしていない。


1991年平成3年(9歳)
おじいちゃんに、ファミコンを買ってもらう。
おじいちゃん、おばあちゃんから、お年玉も、
3万円近くもらっていた。
また、大腸炎ヘルプスができて、毎日皮膚科で
治療をした。



1992年平成4年(10歳)
1か月間、登校拒否をした。
このころから、普通学級に慣れない。
足が速い、少年サッカークラブに所属した。
ポジションは、GK、DF、時には、MFを守り、
練習試合はすべて補欠(ベンチ入り)
社会見学=名古屋空港(現在の市営小牧空港


1993年平成5年(11歳)
奈良、京都の小学校修学旅行
女の子みたいで、気持ち悪いとか、
ガマガエルとか、言葉のいじめがあった。
俺は、この時、殻(カラダ)の小さい、低身長を
コンプレックスに抱く。小学校卒業。


1994年平成6年(12歳)
お母さんが、職場で、足の皿を割り、骨折する。
お母さんが入院の間、父親の存在を知る。
父親との反抗期により、素手で殴られた記憶があり、
虐待児で生きてしまった理由を知る。



続きは、次回の更新で→


↑自閉スペクトラム症になった経緯を
歴史とともに暴露する。





2011年3月11日→東日本大震災
2016年4月14・16日→熊本地震


被災地は、まだ復興していない地域もあるでしょう。
心よりお祈り申し上げます!!!m(__)m


−−上原碧桜(あおさく)の病状−−


→→眼科、耳鼻咽喉科、呼吸器内科(定期治療)
→★蓄膿症メニエール病眼球振盪(眼振)

→★円錐角膜


→薬、ディレグラ、トラマゾリン、ナゾネックス、
パタノール点眼、リンデロンA点眼、クラビット点眼

→★睡眠時無呼吸症候群(SAS)

→治療、CPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)
→薬、フルニトラゼパム(睡眠導入剤)


→★眼振(がんしん)

→薬、アデホスコーワ、セファドール

→→皮膚科(5年間治療)、アレルギー科

→★ハウスダスト、そばアレルギー、アレルゲン
ダニ、生エビ、落花生、カニ、うどんアレルギーなど

→★原発性局所多汗症

→薬、アシテアダニ舌下錠、アデロック


→→泌尿器科(定期治療)
→★抑圧性尿道間の異常、潜血精子の異常

→薬、トビエース

→→精神科、心療内科、神経内科(毎月2回治療)
→★自閉スペクトラム症、中度知的障害(IQ51)、
ADHD、双極性障害、解離性同一性障害、部分てんかん、
適応障害など


診断書→ 非定型精神病、自閉スペクトラム症


→薬、インヴェガ、デパケン、レクサプロ、
タスモリン、リリカカプセル、ロラゼパム、
抑肝散エキス、クエチアピン、セロクエル、
ロペナカプセル、リスペリドン、ルーランなど


→家族構成
両親、自分


→上原さんの兄弟
3人(姉2人、兄1人)

1人<姉>が病気で逝去した(2013年6月)
享年38歳


→亡くなった姉には、生き残り幼児(当時1才)が
います。
死別で、離婚!子離れ!




27歳。パソコン教室の講師として、指導をする。
28歳。就労移行支援(2年義務)、計画相談支援を利用する。
30歳。就労継続支援(B型・非雇用型)を利用する。(継続無期限更新)
<備考>就労継続支援(B型)は、「工賃」と言う呼び方が正しい。
35歳。就労継続支援(A型・雇用型)に入社した。(継続2年更新)
<備考>就労継続支援(A型)は、「給料」と言う呼び方である。
35歳1月〜現在




<現在の活動。>
福祉勉強に専念をかけ、就労継続B型事業所の
福祉利用員として、働いています。
休みの日は、最近、映画を視ることに興味がある。
視聴せず、自主ノートを作り、未来の計画を
自分で作成した、個別支援計画が、このページの記事で
設計している。
 

 

 

上原碧桜(あおさく) 

2018年1月14日(日)