
エビマヨ親子EX
シュテルンビルトには、アンドロイドのヒーローがいる。
二か月前、いきなり登場して人気バディの補佐をするようになった謎のヒーロー。
バディのうちの一人、ワイルドタイガーとそっくりだということで話題にもなった。
彼こそが、実はアンドロイドであった。
けれど、それはトップシークレット扱いである。
ワイルドタイガーこと鏑木虎徹に似ているのは当然のことで、もとはといえば彼とすり替える
為に作られたアンドロイドだったのだ。
今やシュテルンビルトの人気の上位を欲しままにしている、バディーヒーローとプラス一人は、
今日もきっちり犯人逮捕のポイントをあげ、まさに絶好調だ。
噂では、謎のヒーロー扱いのタイガーも、一部に上げてはどうかという案まであるという。
けれど、表舞台に出すことによるもろもろの弊害が心配されるので、虎徹はもちろんバーナビ
ーもいい顔をしないし、アンドロイドだと知る上層部も賛成しないだろう。
そして本人であるタイガーは、ただ虎徹と一緒にいられれば満足なので一部だろうと二部だろ
うと構わないのだ。
よって、この話が現実化することはまずない。
しかし、その徹底した頑なな処置が人々の関心をますます煽り、ある意味さらに加熱させる要
因となってしまったのだ。
「人気があるのは結構なことなんだけど…」
虎徹が、疲れたように零す。
「唯一正体を明かしているお前への注目度が増して、うっとおしいったらないな」
それは、バーナビーも同感だったので、重いため息をついた。
実際、そのせいで虎徹がバーナビーの部屋に寄ることが極端に減った。
他にも理由はあるのだが、玄関先にまで記者がたむろしていることもあって、目ざわりなこと
このうえない。
このままでは虎徹がワイルドタイガーだと疑われるのはもちろん、タイガーの存在にまで言及
される恐れがある。
会社から一緒に出ることも憚られて、最近では一緒に帰るのも控える始末だ。
「虎徹さん、僕がそっちの部屋に行ったらだめですか?」
虎徹のアパートメントは知られていないので、変装してバーナビーが尋ねれば問題ないとおも
ったのだが、即座にそれは却下された。
「だめだ、万一お前だと知れたらそれこそ芋づる式だろ」
「でも、虎徹さん…!」
どうしてここまで虎徹が警戒するのか、バーナビーは納得いかなかった。
気のせいでなければ、虎徹はバーナビーを自宅に招き入れるのをひどく渋るようになった。
それも、この騒ぎ以前からである。
そもそも虎徹は、前ほどバーナビーの部屋に入り浸ることはなくなった。
むろんタイガーを一人にしたくないということもあるのだろう。
だったら、いっそタイガーを連れてくればいいのだ。
けれど、虎徹はそれも拒んだ。
まあ、言いたいこともわかる。ようは、タイガーの前で不埒な真似をされては困ると言うこと
だろう。でも、バーナビーだって、あれ以来タイガーの目の届く範囲での行動には、極力注意を
払っている。
こっちだって、真似などされたら困るからだ。
なのに、なぜああも石頭に拒むのか。まったくわからない。
結局、今日も記者の目を盗むように、虎徹はさっさと帰宅してしまった。タイガーまで時間差
で帰宅させるという念の入れようだ。
もともと、こんなに用心深い人だろうか?
バーナビーはますます首を捻った。
とりあえず、このバカ騒ぎをなんとかしなくては、そのうち我慢の限界がきてとんでもないこ
とをしでかしそうだ。
常に似合わず慎重に慎重を重ねる虎徹を余所に、バーナビーの思考はだんだん物騒なほうへと
傾きつつあったのである。
自意識過剰に陥ったかのごとく、まわりの注目をすべて集めているかのような錯覚に襲われな
がらも、虎徹はようやく自宅の玄関をくぐった。
「ふう、やれやれ。こっちはこっちで厄介な状態なのに、ますます面倒なことになってきたなあ」
「コテツ…、イエツイタ」
虎徹の苦悩を知ってか知らずか、タイガーはなんの悩みもなさそうだ。
部屋に入ってそうそう、いつもの台詞である。
虎徹は、がっくり肩を落とす。
「ああ、そうだな……やっぱ忘れてないか」
大きなため息をついて、虎徹は観念したように目をつぶった。
タイガーの手が虎徹の肩に置かれ、おもむろに顔を近づけてきた。
うお、何度されても慣れねーな……
そっと唇が押し付けられる。
相変わらず、アンドロイドとは思えないその感触。
温かい体温まで感じる。
まったく、なぜこんな事態に陥ってしまったのか……
実際、ここへ至るまで紆余曲折あったのだが、虎徹としてもどうしていいものかとほとほと困
るばかりである。
そっと目を開けると、タイガーは瞼を伏せていた。
目を閉じるように言ったのは虎徹だ。はじめは赤い瞳が、瞬きもせずに凝視していたので驚い
たものだ。
おもむろにタイガーの身体が離れた。いわゆる、触れるだけのキスである。
まあ、それがせめてもの救いだった。虎徹が部屋へと入って行くと、なんら変わらぬ様子でい
つものように後をついてきた。
たぶん、他の事と同じタイガーにしてみれば見よう見まねがしたいだけなのかもしれない。
こんなことになったのも、もとはといえばバーナビーのせいであったが、どうやら他にもいろ
いろ原因はあるようだ。
最近では、急速に心の機微が発達している。
前は虎徹が留守の時は、ほとんど身動きさえしていなかった様子だが、最近では部屋の掃除や
家事を器用にとは言い難かったが、やるようになった。
別に教えたわけでなく、見よう見まねなのだろう。
そして、問題はテレビだ。
余計なことまでいろいろと教えてくれる。
あれは数日前、
家を空けた翌朝、帰ってきた途端にコレをされたのだ。
「おまっ、…ダメだって言っただろうが」
慌てて、押しのけたがタイガーは不思議そうに首を傾げた。
「ドウシテ?コテツ、バニートシテル」
「い、いやっ、まあ、それは…で、でも、だめだ」
「バニー、ナラ、イイノ?」
「おえっ?だ、ダメだ、ダメに決ってるだろっ、こ、これは…、そうっ!好きな人とするんだ、
だからダメ」
「スキナヒト…、コテツ。ダイジョウブ」
再び、唇が触れる。
飛びのこうとして、後頭部を玄関の扉に強打する。
「あいたっ!」
悲鳴を上げた虎徹に驚いて、タイガーがまるで熱いものに触れたかのように手を離した。
「イタイ、ナゼ?クチイタイ?」
「ああ、口じゃないよ、平気平気」
後頭部を撫でながら、虎徹が困ったように苦笑した。
どうにもタイガーのこの顔に弱い。
いっそ痛いといえば、もしかしたら困ったこの習慣をやめさせることができたかもしれないのに。
それでもウソはつけなかった。
いまだ力の加減を時々誤るタイガーは、人が驚いたり痛がったりするのをひどく恐れる節がある。
だからこそ、人に触れること自体を罪だとは思わせたくなかった。
とはいえ…、
虎徹は、夕食の準備をしながらそれをじっと見つめるタイガーをそっと一瞥する。
タイガーはまだ、好き嫌いを細かく分類することができない。
アレを他の人にしたら、大事である。
実際には、タイガーの心の成長は虎徹が思っているより早かったが、そんなことを知る由もな
い虎徹は、ただ好きだったらキスをしていいと理解されては困ると思ったのである。
それなら、せめて決めごとをして、下手な失敗をしないようにしなければいけない。
手早く夕食を済ませた虎徹は、タイガーを前に座らせるとおもむろに口をひらいた。
「いいか、あれは好きな人にしかしちゃダメだけど、だからと言って好きならそれでいいと言う
ことでもなくてだな……つまり」
「…コテツ、スキ。ダカライイ?」
「いやうん…、だからね。タイガーとオレとでは、……たぶん、好きの意味が」
――うまく説明できない……
それこそタイガーに負けず劣らず語彙の少ない虎徹である。非常にデリケートなこの問題を、
うまく説明しようとすること自体無謀な試みというところだろう。
ともかく被害を最小限にとどめるためにも虎徹はこれだけは厳守、ということで言い含めた。
人目がある時や、外では絶対してはいけない。
だが、これもよくなかった。
タイガーの解釈は、なぜか家に帰ってきたら虎徹にしてもいい、という風に落ち着いてしまっ
たのだ。
その後、どう説得しようと堂々巡りになってしまって、なぜか話が元に戻ってしまう。
虎徹がバーナビーを部屋に呼べないわけは、本当はこれだったのだ。
むろん、これ以上余計なことを覚えてもらっても困るというのも本音だが、コレを見られるの
は非常にまずい。
虎徹にしてみれば、外で誰かれ構わずキスされるよりは、まあ自分にして気が済むのならそれ
でもいいと思っていたが、たぶんバーナビーは納得しないだろう。
タイガーがセクサロイドかどうか、まだ気にしているくらだ。たぶん、…絶対、間違いなく大
騒ぎするだろう。
実のところ、タイガーが人間と類似することにこだわり抜いた造りであることから、ある程度
は想像がつくことだが、言うまでもなくそういう機能もあるらしい。
バーナビーには話していなかったが、前回の事件の際、警官隊にかなり銃撃された破損がかな
りひどく、斎藤にお世話になった。例の残された研究所内にはいろいろと部品がそろっていて、
タイガーのメンテや修理には不可欠な機材も揃っていた。
これらすべては極秘事項だが、タイガーのメンテを請け負う斎藤が特別に管理するということ
でこれら機材は全てアポロンメディア預かりとなったのである。
そして、そのときの修理の際に斎藤が虎徹にこっそりと教えてくれたのだ。
メンテのときに全身の洗浄は行うものの、水濡れ厳禁じゃないとわかってからは、ほぼ毎日シ
ャワーは浴びている。なんと、タイガーは発汗に似た作用があるらしい。人間と同じで、体内の
熱を放出するという機能だ。
というわけで、ときおりシャワールームに乱入するタイガーの全裸を見ている虎徹には、斎藤
の報告を聞くまでもなく想像はついていた。
別にやましいことがあるわけではないので、バーナビーに殊更隠すつもりはなかったのだが、
なんとなく機会を逃すうちに時期を逸してしまったのである。
いまさら、わざわざ「実は」と話すのもなんとなく変な気がしてずるずるとおかしな態度をと
り続けてしまっている。
「はー…っ」
今日何度目になるかわからない大きなため息を吐きだして、虎徹は立ち上がった。
とにかく、この一過性の報道過熱が過ぎたらゆっくり話をしよう。
タイガーの悪癖も何とか治せるといいんだが。
「コテツ、アタマ…」
「ん?あ、そうか今日おまえ派手に暴れたからなー」
まだうまく髪を洗えないタイガーは、もっぱら虎徹に手伝ってもらう。いつもはシャワールー
ムに乱入すると怒られるので、最近ではいろいろと口実をつけて合法的に入り込むようになった。
虎徹は気がついていないが、タイガーはいろいろ知恵をつけているようだ。
頭を洗って貰ってご満悦なタイガーが、乱暴にタオルでがしがし頭を拭いているところに虎徹
もシャワールームから出てきた。
「そんなに乱暴にするな、抜けてもしらねーぞ」
人間とちがって、伸びてくることのない髪は痛んだらおわりだ。抜けたら生えないし……
思わず苦笑しながら、虎徹はさっさと服をきてドライヤーを取り出した。
「とりあえず、なんか着ろ。風邪…は、ひかないか。でも、そんな恰好でうろうろするな。ほら、
髪乾かしてやるから」
ちゃんとつむじもある……
毎日、感心するばかりだ。あのロトアングという男は、たしかにとんでもないやつだったが、
ことアンドロイド技師としては秀逸な技術の持ち主だったのだろう。
今更ながら、タイガーの完成度には目を見張るものがある。
「コテツ…?」
「あ、ごめんごめん、もう終わる」
いつの間にか手が止まっていたらしく、不思議そうにタイガーが見上げてきた。
人間をほぼ完璧に模倣して作られたアンドロイドには、実のところ上層部にも賛否両論意見は
あるらしい。だが、心を持った以上タイガーは生きているのだ。
いろいろ面倒事は多いが、虎徹はすでに家族としてタイガーを受け入れていた。今更、どこへ
やるつもりもないし、全力で守ろうと心に決めていたのである。
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